・・・多分はいくら香料をかけても、揉み上げにしみこんだ煙草の匂は羊肉の匂のようにぷんと来るであろう。いざ子ども利鎌とりもち宇野麻呂が揉み上げ草を刈りて馬飼へ 芥川竜之介 「格さんと食慾」
・・・西洋人じみた顔が、下から赤い火に照らされると、濃い煙が疎な鬚をかすめて、埃及の匂をぷんとさせる。本間さんはそれを見ると何故か急にこの老紳士が、小面憎く感じ出した。酔っているのは勿論、承知している。が、いい加減な駄法螺を聞かせられて、それで黙・・・ 芥川竜之介 「西郷隆盛」
・・・入口からぷんと石炭酸の香がした。それを嗅ぐと彼れは始めて正気に返って改めて自分の小屋を物珍らしげに眺めた。そうなると彼れは夢からさめるようにつまらない現実に帰った。鈍った意識の反動として細かい事にも鋭く神経が働き出した。石炭酸の香は何よりも・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・先生、それも、お前さん、いささかどうでしょう、ぷんと来た処をふり売りの途中、下の辻で、木戸かしら、入口の看板を見ましてね、あれさ、お前さん、ご存じだ……」 という。が、お前さんにはいよいよ分らぬ。「鶏卵と、玉子と、字にかくとおんなじ・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・ と上荷の笊を、一人が敲いて、「ぼんとして、ぷんと、それ、香しかろ。」 成程違う。「私が方には、ほりたての芋が残った。旦那が見たら蛸じゃろね。」「背中を一つ、ぶん撲って進じようか。」「ばば茸持って、おお穢や。」「・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・何の隙間からか、ぷんと梅の香を、ぬくもりで溶かしたような白粉の香がする。「婦人だ」 何しろ、この明りでは、男客にしろ、一所に入ると、暗くて肩も手も跨ぎかねまい。乳に打着かりかねまい。で、ばたばたと草履を突っ掛けたまま引き返した。・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・姉は二度起こしても省作がまだ起きないから、少しぷんとしてなお荒っぽく座敷を掃く。竈屋の方では、下女が火を焚き始めた。豆殻をたくのでパチパチパチ盛んに音がする。鶏もいつのまか降りて羽ばたきする。コウコウ牝鶏が鳴く。省作もいよいよ起きねばならん・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・とたんに黴くさい匂いがぷんと漂うて、思いがけぬ旅情が胸のなかを走った。 じっと横たわっていると、何か不安定な気がして来た。考えてみると、どうも枕元と襖の間が広すぎるようだった。ふだん枕元に、スタンドや灰皿や紅茶茶碗や書物、原稿用紙などを・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・両親がなく、だから早く嫁をと世話しかける人があっても、ぷんと怒った顔をして、皮膚の色が薄汚く蒼かった。それが、赤玉から頼まれてクリスマスの会員券を印刷したのが、そこへ足を踏入れる動機となってしまったのである。 銀色の紐を通した一組七枚重・・・ 織田作之助 「雪の夜」
・・・火薬の臭いが、永井の鼻にぷんときた。 すぐ眼のさきの傾斜の上にある小高い百姓家の窓から、ロシア人が、こっちをねらって射撃していた。「何しにこんなところまで、おりてきたんだい。俺れゃ、人をうち殺すのにゃ、もうあきあきしちゃったぞ!」・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
出典:青空文庫