・・・昔からの言い伝えでは胞衣を埋めたその上の地面をいちばん最初に通った動物がきらいになるということになっている。なるほど上にあげた小動物はいずれも地面の上を爬行する機会をもっているから、こういう俗説も起こりやすいわけであろうが、この説明は科学的・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・イサーク寺では僧正の法衣の裾に接吻する善男善女の群れを見、十字架上の耶蘇の寝像のガラスぶたには多くのくちびるのあとが歴然と印録されていた。 通例日本の学者の目に触れるロシアの学者の仕事は、たいてい、ドイツあたりの学術雑誌を通して間接に見・・・ 寺田寅彦 「北氷洋の氷の割れる音」
・・・麻の法衣を着て麦の飯を食ってあくまで道を求めていました。要するに原理は簡単で、物質的に人のためにする分量が多ければ多いほど物質的に己のためになり、精神的に己のためにすればするほど物質的には己の不為になるのであります。 以上申し上げた科学・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・高等学校の教授が黒いガウンを着出したのはその頃からの事であるが、先生も当時は例の鼠色のフラネルの上へ繻子か何かのガウンを法衣のように羽織ていられた。ガウンの袖口には黄色い平打の紐が、ぐるりと縫い廻してあった。これは装飾のためとも見られるし、・・・ 夏目漱石 「博士問題とマードック先生と余」
・・・跛で結伽のできなかった大燈国師が臨終に、今日こそ、わが言う通りになれと満足でない足をみしりと折って鮮血が法衣を染めるにも頓着なく座禅のまま往生したのも一例であります。分化はいろいろできます。しかしその標準を云うとまず荘厳に対する情操と云うて・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・白き髯を胸まで垂れて寛やかに黒の法衣を纏える人がよろめきながら舟から上る。これは大僧正クランマーである。青き頭巾を眉深に被り空色の絹の下に鎖り帷子をつけた立派な男はワイアットであろう。これは会釈もなく舷から飛び上る。はなやかな鳥の毛を帽に挿・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・品の好くて見栄えのしない法衣をまとった二人の若僧と、枯れた様な僧が一人寝台のすぐそばに居る。二人の若僧は、大変に奇麗な顔をして居る。幕が上ると、一つ長腰掛に三人一っかたまりになって居る。やがて第一の若僧が立って自分の肩のあたりを・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
・・・ 阿部一族は評議の末、このたび先代一週忌の法会のために下向して、まだ逗留している天祐和尚にすがることにした。市太夫は和尚の旅館に往って一部始終を話して、権兵衛に対する上の処置を軽減してもらうように頼んだ。和尚はつくづく聞いて言った。承れ・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・垢つき弊れた法衣を着て、長く伸びた髪を、眉の上で切っている。目にかぶさってうるさくなるまで打ちやっておいたものと見える。手には鉄鉢を持っている。 僧は黙って立っているので閭が問うてみた。「わたしに逢いたいと言われたそうだが、なんのご用か・・・ 森鴎外 「寒山拾得」
・・・ 大野の想像には、小倉で戦死者のために法会をした時の事が浮ぶ。本願寺の御連枝が来られたので、式場の天幕の周囲には、老若男女がぎしぎしと詰め掛けていた。大野が来賓席の椅子に掛けていると、段々見物人が押して来て、大野の膝の間の処へ、島田に結・・・ 森鴎外 「独身」
出典:青空文庫