・・・これは、封建的な主従関係での忠義の感情にいきなりむすびついて「奉公」の感覚を養成する教育でした。この場合の「奉公」は、公の一存在としての人民生活、市民生活への奉仕という近代民主主義の要素とはちがったものです。「公僕」という言葉が、民主日本に・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・ 千代は、越後の大雪の夜、帰らない飲んだくれの父を捜して彼方此方彷徨った有様を憐れっぽく話した。 さほ子にとって、其等の話は本当らしくも、嘘らしくもあった。彼女の話す声は全くそれ等の話に似つかわしいものであったが、容子はちっとも砕け・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・「青春彷徨」などは直接青年の自己確立の過程、人間の目ざめの若々しくゆたかな苦悩を描いている。ロマン・ローランの「ジャン・クリストフ」もそういう文学として世界にあまり類のない作品である。ルナールの「にんじん」の主人公は少年であるけれども、どう・・・ 宮本百合子 「生きつつある自意識」
・・・その幽鬼たちが彼という存在との接触においてかつての現実の事情の中に完成されなかったいきさつを妄執として彷徨し、私という一人物はそれらのまぼろしの幽鬼に追いまくられて遂には鴎と化しつつ、自嘲に身をよじる。それを、作者は小説のなかでもくりかえし・・・ 宮本百合子 「観念性と抒情性」
・・・美しい五月の自然白雲の湧く空のすがたほのかに 芳香をまき少女のように咲きみつる薔薇花。されど ときには 指もたゆく心もなえて 足もとを見るあわれ わが井戸の 小車いつも いつも くるめくと。くるめく ・・・ 宮本百合子 「五月の空」
・・・を連載しつつ、他方に「彷徨える女の手紙」「女の産地」等の小説を発表し、両者の間に見られる様々の矛盾によって、プロレタリア文学者へのいくつかの警告となったのであった。 能動精神の提唱から派生した以上のような諸問題が、夥しい作家、評論家によ・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・私らにとっては樹木が自然の季節を知るように自明であることはなんにもない。どんなことでも私らは迷って見なければならないのだ。彷徨しないために一生さえ彷徨しなければならないのだ。 その女の歴史の切ない必然を見るこ・・・ 宮本百合子 「『静かなる愛』と『諸国の天女』」
・・・ 地殻から立ちのぼるあらゆる騒音や楽音、芳香と穢臭とは、皆その雲と空との間にほんのりと立ちこめて、コロコロ、コロコロと楽しそうにころがりながら、春の太陽の囲りを運行する自分達の住家を、いつも包んでいるように思われる。 二本の槲の古木・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・そして、これまで余り古典にふれなかった文化層の人々がとりいそぎそういうものにとりついて行って、それらの芸術の逸品に籠っている高い気品、精魂、芳香に面をうたれて、今更に古典の美を痛感すると一緒に分別をも失って、それぞれの芸術のつくられた環境の・・・ 宮本百合子 「芭蕉について」
・・・又幕府の小石川関口の水道工事の役人になって何年か過したが、この経済的に不遇な感受性の烈しい土木工事監督の小役人は、その間に官金を使いこんだ廉で奉行所から処分されたりもしている。 明け暮れのたつきは小役人として過しており、芸術に向う心では・・・ 宮本百合子 「芭蕉について」
出典:青空文庫