・・・就いては今日私の机の抽斗に百円入れて置きましたそれが、貴女のお帰りになると同時に紛失したので御座いますが、如何がでしょう、もしか反古と間違ってお袂へでもお入になりませんでしたろうか、一応お聞申します」と腹から出た声を使って、グッと急所へ一本・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・婦人をその天与の生理にも、心理にも合わない労働戦線に狩り出して、男子のような競争をさせるのでなく、処女らしさ、妻らしさ、母らしさを保護し、育児と、美容とに矛盾しない範囲の労働にとどめしめることは、新しい社会の義務だと思うのである。天理の自然・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・その哺乳、その愛撫、その敵からの保護の心づかい、私は見ていて涙ぐましくさえなる。向ヶ丘遊園地で見た母猿の如きはその目や、眉や、頬のあたりに柔和な、精神性のひらめきさえ漂うているような気がした。 母親の抱擁、頬ずり、キッス、頭髪の愛撫、ま・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・ 今日の社会では実に婦人は保護されていない。婦人としては男子の圧迫と戦うために職業戦線に出なければならない有様である。婦人の自由の実力を握るための職業進出である。婦人は母性愛と家庭とをある程度まで犠牲としても、自分を保護し、自由を獲得し・・・ 倉田百三 「婦人と職業」
・・・それは五十米と距らない赭土の掘割りの中に、まるで土の色をして保護色に守られて建っていた。「あいつも見て置く必要があるな。」 浜田は、さきに立って、ツカ/\と進もうとした。その時赭土の家からヒョイと一人の中山服が顔を出した。「や、・・・ 黒島伝治 「前哨」
・・・私は反古にして無くして仕舞いましたが、先達て此事を話し出した節聞いたらば、麗水君は今も当時写したのを持って居るという事でした。 わたくしは前にも申した通り学生生活の時代が極短くて、漢学の私塾にすらそう長くは通いませんでした。即ち輪講をし・・・ 幸田露伴 「学生時代」
・・・しかし何家の老人も同じ事で、親父はその老成の大事取りの心から、かつはあり余る親切の気味から、まだまだ位に思っていた事であろう、依然として金八の背後に立って保護していた。 金八が或時大阪へ下った。その途中深草を通ると、道に一軒の古道具屋が・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・ 人民を保護するとか何ンとか、口ではうまい事云って、この大事な息子の身体をこんなことにしてしまって、どうする積りなんだッ! さッ!」特高たちは、あ、又始まったと云って、自分たちの仕事にとりかゝって、見向きもしなかった。 検挙は十二月・・・ 小林多喜二 「母たち」
・・・しかし、その私が北村君と短い知合になった間は、私に取っては何か一生忘れられないものでもあり、同君の死んだ後でも、書いた反古だの、日記だの、種々書き残したものを見る機会もあって、長い年月の間私は北村君というものをスタディして居た形である。『春・・・ 島崎藤村 「北村透谷の短き一生」
・・・そのごったがえしの群々の中には、そこにもここにも、全身にやけどをした人や、重病者が、横だおしになってうなっている。保護者にはぐれた子どもたちが、おんおんないてうろうろしている。恐怖と悲嘆とに気が狂った女が、きいきい声をあげてかけ歩く。びっく・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
出典:青空文庫