・・・ 豊吉は大川の流れを見下ろしてわが故郷の景色をしばし見とれていた、しばらくしてほっと嘆息をした、さもさもがっかりしたらしく。 実にそうである、豊吉の精根は枯れていたのである。かれは今、堪ゆべからざる疲労を感じた。私塾の設立! かれは・・・ 国木田独歩 「河霧」
・・・と今度は徳二郎がついでやったのを、女はまたもや一息に飲み干して、月に向かって酒気をほっと吐いた。「サアそれでよい、これからわしが歌って聞かせる。」「イイエ徳さん、わたしは思い切って泣きたい、ここならだれも見ていないし、聞こえもしない・・・ 国木田独歩 「少年の悲哀」
・・・それでもおしかは十月の初めに清三が健康を恢復して上京するのを見送ると、自分が助かったような思いでほっとした。もう来年の三月まで待てばいいのである。負債も何も清三が仕末をしてくれる。…… 為吉が六十で、おしかは五十四だった。両人は多年の労・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・私は、ほっとした。もうこれで今夜は、何事も仕出かさずにすむと思った。「どこへ置きましょう。」「燭台は高きに置け、とバイブルに在るから、高いところがいい。その本箱の上へどうだろう。」「お酒は? コップで?」「深夜の酒は、コップ・・・ 太宰治 「朝」
・・・私は、唸るほどほっとしました。 佐吉さんが来たので、助かりました。その夜は佐吉さんの案内で、三島からハイヤーで三十分、古奈温泉に行きました。三人の友人と、佐吉さんと、私と五人、古奈でも一番いい方の宿屋に落ちつき、いろいろ飲んだり、食べた・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・で、原稿を関君に渡して、ほっと呼吸をついた。 それから後は、なかば校正の筆を動かしつつ書いた。関君と柴田流星君が毎日のように催促に来る。社のほうだってそう毎日休むわけには行かない。夜は遅くまで灯の影が庭の樹立の間にかがやいた。 反響・・・ 田山花袋 「『田舎教師』について」
・・・子供も助かったであろうが自分もほっとした。もどしたものを母親が小さな玩具のバケツへ始末していた、そのバケツの色彩が妙に眼について今でも想い出される。 途中で乗客が減ったのでバスから普通の幌自動車に移された。その辺からまた道路が川の水面に・・・ 寺田寅彦 「雨の上高地」
・・・こういう箇所に出くわすと自分はほっとして救われた気がするのであるが、多くの日本映画には、こうした気のする場面がはじめからおしまいまで一つもないのは決して珍しくないのである。 十一 荒馬スモーキー この映画も監督は馬に・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・コクネー英語で hot は ot であるがこれは日本語の「アツ」に似ている。フランスの夏が t であるのもおもしろい。アイヌの夏 sak は以上とは仲間はずれであるが、しかしアラビアの saif に少し似ているのがおもしろい。語尾のkは k・・・ 寺田寅彦 「言葉の不思議」
・・・というから、何だと聞くと、蟹肉に辛い香料をいれてホットにしてあるから、それで「デヴィルド」だといって聞かされた。このワシントンの「熱波」の記憶にはこのデヴィルド・クラブとあのニグロの顔とが必ずクローズアップに映出されるのである。用事をすませ・・・ 寺田寅彦 「夏」
出典:青空文庫