・・・大いに価値を損ずるごとく、いかに内容が良くても、言い方、取扱い方、書き方が、読者を釣ってやろうとか、挑撥してやろうとかすべて故意の趣があれば、その故意とらしいところ不自然なところはすなわち芸術としての品位に関って来るのです。こういう欠点を芸・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・これだけにできていなければ、いくら技巧があっても、書いたものに品位がない。ないはずである。こう書いたら笑われるだろう、ああ云ったら叱られるだろうと、びくびくして筆を執るから、あの男は腹の中がかたまっておらん、理想が生煮だ、という弱点が書物の・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・木は一坪に一本位の割でその大さも径六七寸位のもののみであろう。不思議にもそれが皆同じ樹である。枝が幹の根を去る六尺位の所から上を向いて、しなやかな線を描いて生えている。その枝が聚まって、中が膨れ、上が尖がって欄干の擬宝珠か、筆の穂の水を含ん・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・つまり人格から出た品位を保っている本統の紳士もありましょうが、人格というものを度外に置いて、ただマナーだけを以て紳士だとして立派に通用している人の方が多いでしょう。まあ八割位はそうだろうと思います。それで文展の絵を見てどっちの方の紳士が多い・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
此間魯庵君に会った時、丸善の店で一日に万年筆が何本位売れるだろうと尋ねたら、魯庵君は多い時は百本位出るそうだと答えた。夫では一本の万年筆がどの位長く使えるだろうと聞いたら、此間横浜のもので、ペンはまだ可なりだが、軸が減った・・・ 夏目漱石 「余と万年筆」
・・・またそうした手数を尽さないでも、私の本意が充分ご会得になったなら、私の満足はこれに越した事はありません。あまり時間が長くなりますからこれでご免を蒙ります。 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・もちろんこれは私や私の周囲のものを本位として述べるのでありますから、圏外にいたものには通用しないかも知れませんけれども、どうも今の私からふり返ってみると、そんな気がどこかでするように思われるのです。現にこの私は上部だけは温順らしく見えながら・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・ わずかに医学の初歩を学び得るときは、あるいは官途に奉職し、あるいは開業して病家に奔走し、奉職、開業、必ずしも医士の本意に非ざるも、糊口の道なきをいかんせん。口を糊せんとすれば、学を脩むるの閑なし、学を脩めんとすれば、口を糊するを得ず。・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・の内職なるもの漸く繁盛を致し、最前はただ杉檜の指物膳箱などを製し、元結の紙糸を捻る等に過ぎざりしもの、次第にその仕事の種類を増し、下駄傘を作る者あり、提灯を張る者あり、或は白木の指物細工に漆を塗てその品位を増す者あり、或は戸障子等を作て本職・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・今日の有様を以て事の本位と定め、これより進むものを積極となし、これより退くものを消極となし、余輩をしてその積極を望ましむれば期するところ左のごとし。 すなわち今の事態を維持して、門閥の妄想を払い、上士は下士に対して恰も格式りきみの長座を・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
出典:青空文庫