降りたくても降れないと云う様な空模様で、蒸す事甚い。 今朝も早くから隣の家でピアノを弾いて居るが気になって仕様がない。 もう二三年あの人は、此処に別荘を持って居て、ついぞ琴の音もした事がないのに、急にピアノがきこえ・・・ 宮本百合子 「一日」
・・・汽車の中は今日のような天気では蒸すだろう。Yは神経質故、昨夜よく眠れなかった由……「Yさん、きっと眠がって居らっしゃるよ今頃――」 読みかけて居た本など、いきなりバタリと伏せ「眠い! 迚も眠い!」と、駄々っ子のように急に眠た・・・ 宮本百合子 「木蔭の椽」
・・・東京の様に四角い薄平ったいものにするのではなく、臼から出したまんま蒸すのでまとまりのつかないデロッとした形恰になって居る。それを手で千切って、餡の中や汁の中へ入れる。あまりは鍋などの中へ千切って入れて置くのである。見た所は、出来上りでも東京・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・その外、都にて園に植うる滝菜、水引草など皆野生す。しょうりょうという褐色の蜻あり、群をなして飛べり。日暮るる頃山田の温泉に着きぬ。ここは山のかいにて、公道を距ること遠ければ、人げすくなく、東京の客などは絶て見えず、僅に越後などより来りて浴す・・・ 森鴎外 「みちの記」
出典:青空文庫