・・・私はつっ立ったまま、あたりがもやもやと暗くなり、どこからともなく、つめたい風が吹いて来て、そうして私のからだが自然に地の底へ沈んで行くように感じました。 死のうと思いました。死ぬのが本当だ、と思いました。前方の森がいやにひっそりして、漆・・・ 太宰治 「トカトントン」
・・・あわれ、そのかぐわしき才色を今に語り継がれているサフォこそ、この男のもやもやした胸をときめかす唯一の女性であったのである。 男は、サフォに就いての一二冊の書物をひらき、つぎのようなことがらを知らされた。 けれどもサフォは美人でなかっ・・・ 太宰治 「葉」
・・・ただ、もやもや黒煙万丈で、羞恥、後悔など、そんな生ぬるいものではなかった。笠井さんは、このまま死んだふりをしていたかった。「幾時の汽車で、お発ちなのかしら。」ゆきさんは、流石に落ちつきを取りもどし、何事もなかったように、すぐ言葉をつづけ・・・ 太宰治 「八十八夜」
・・・たそがれ、逢魔の時というのであろう、もやもや暗い。塀の上に、ぼんやり白いまるいものが見える。よく見ると、人の顔である。「やって来たのは、ガスコン兵。」口癖になっていた、あの無意味な、ばからしい言葉。そいつが、まるで突然、口をついて出てし・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・ただ、もやもやしている。けれども、私は待っている。大戦争がはじまってからは、毎日、毎日、お買い物の帰りには駅に立ち寄り、この冷いベンチに腰をかけて、待っている。誰か、ひとり、笑って私に声を掛ける。おお、こわい。ああ、困る。私の待っているのは・・・ 太宰治 「待つ」
・・・という言葉が実にはっきり聞きとれたのでびっくりした。もやもやした霧の中から突然日輪でも出現したようにあまりにくっきりとそれだけが聞こえて、あとはまた元どおりぼやけてしまった。「イゴッソー」というのは郷里の方言で「狷介」とか「強情」とかを・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・ 海の底はやわらかな泥で大きな黒いものが寝ていたりもやもやの藻がゆれたりしました。 チュンセ童子が申しました。「ポウセさん。ここは海の底でしょうね。もう僕たちは空に昇れません。これからどんな目に遭うでしょう。」 ポウセ童子が・・・ 宮沢賢治 「双子の星」
出典:青空文庫