・・・』 若子さんが眼で教えて下さったので、其方を見ましたら、容色の美しい、花月巻に羽衣肩掛の方が可怖い眼をして何処を見るともなく睨んで居らしッたの。それは可怖い目、見る物を何でも呪って居らッしゃるんじゃないかと思う位でした。 私も覚えず・・・ 広津柳浪 「昇降場」
・・・女子の天性容色を重んずるが故に、其唯一に重んずる所の容よりも心の勝れたるこそ善けれと記して、文章に力を付けたるは巧なりと雖も、唯是れ文章家の巧として見る可きのみ。其以下婦人の悪徳を並べ立てたる箇条は読んで字の如く悪徳ならざるはなし。心騒しく・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・「これか、新橋ステーションの洋食というのは。とにかく日本も開らけたものだネー。爰処へこんな三階作りが出来て洋食を食わせるなんていうのは。ヤア品川湾がすっかり見えるネー、なるほどあれが築港の工事をやっているのか。実に勇ましいヨ。どしどし遣・・・ 正岡子規 「初夢」
・・・ 堤を行くとき、「言問いでこの頃洋食をやっているんですってね」と網野さんが云った。 荒れの後だし、秋が浅すぎるので百花園も大したことはなかった。萩もまだ盛りとゆかず、僅に雁来紅、百日紅、はちすの花などが秋の色をあつめている。・・・ 宮本百合子 「九月の或る日」
・・・というような店があり、一方に養殖ウナギのくさいのを「大衆的」にたべさせて儲けるニコウがあったのと同じようなものであった。 純文学の作品をのせる雑誌は多く綜合雑誌で、政治、社会、経済等についての論文なども学者や名士の力作がのせられた。・・・ 宮本百合子 「商売は道によってかしこし」
・・・俊子の生涯の活動ぶり、情熱の中心は、自分というものが身にもっている容色と才智との全部を男と平等なあるいは男を瞠若たらしめる女として表現してゆこうとする意欲に熱烈で、その面には徹底的であったらしいけれども、当時のおくれた無智におかれている同性・・・ 宮本百合子 「女性の歴史の七十四年」
・・・一方それとは全く反対に、有り余る金はあり、子供の教育に責任を負うに充分な丈の健康と知能とは持ちながら、所謂自由が味えない為、容色が衰えるなどと云う恐怖から、無良心に科学の発達を濫用する者の一群になると思います。 抑々、産児制限などと云う・・・ 宮本百合子 「男女交際より家庭生活へ」
出典:青空文庫