・・・という言葉があるが、僕はこんなスリルを捨てて女に乗り掛ろうとは思わんよ……という話を聴きながら競走を見ている間、寺田はふと競馬への反感を忘れていた。そして次の競走でふらふらと馬券を買うと、寺田の買った馬は百六十円の配当をつけた。払戻の窓口へ・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・お岩だってもとは美人だったと、知らぬが仏の宮枝は、ぐさりとスリルを感ずる。知らぬが仏。全く何も知らぬ。チャンスがなかったのだ。手術みたいなものかしら。好奇心の病気! 盲腸という無用の長物に似た神秘のヴェールを切り取る外科手術! 好奇心は満足・・・ 織田作之助 「好奇心」
・・・一九〇九年型の女優が一九三四年式のぴちぴちした近代娘に蝉脱した瞬間のスリルがおそらくこの作者の一番の狙いどころではないかと思われる。その後の余波となるべき裁判所の場面もちょっと面白い。証拠物件に蝋管蓄音機が持出されたのに対して検事が違法だと・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(5[#「5」はローマ数字、1-13-25])」
・・・頭にはあらかじめ被殺害者に対する憎悪という魔薬が注射されているから、かえって一種の痛快な感じをいだかせ、この殺人があたかも道徳的に賛美すべきものであるような錯覚を起こさせピストルの音によって一種の快いスリルを味わわせる。映画というものは実際・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・ ルポルタージュは観たこと、聴いたこと、感じたこと、即ち対象となる現実をひっくるめた人間生活諸相の報告であって、もとより平常では見られない珍らしいこと、スリルなこと、風土的エキゾチシズムが主要な部分ではない。 今日の所謂戦線ルポルタ・・・ 宮本百合子 「明日の言葉」
・・・にエログロと違うスリルを感じて、夏枯れしのぎに、いい思いつきのように流行しています。 これらの「秘史」「ルポルタージュ」が真実の軍部批判と戦争批判、日本の平和建設の誠意をどの程度までたたえているでしょうか。二・二六秘史についても、あの事・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・仮装の心理。仮装の面白さ。仮装のスリルは随分文学にも扱われて来た。仮装の精髄は、仮装しているものの中への感情移入であると文学は見ている。真偽の境がわれからぼやつくところにスリルがかくされていると見ているのである。〔一九三七年六月〕・・・ 宮本百合子 「仮装の妙味」
・・・読者は、専門家の生々した話しぶりにひきいれられ、スリルを刺戟され、われ知らず筆者の感情の流れにひきいれられている。そのようなミッドウェイの敗北をひきおこした戦争の本質について、元参謀長は歴史的な考察と反省を行おうとしていないのである。ただ現・・・ 宮本百合子 「ことの真実」
・・・そういう女の甘さや感傷が、自身は暖い炉辺で慰問靴下をあみつつ、美食家のエネルギーで戦線の英雄的行動をしゃべり、スリルを味っている女たちに対する憎悪とともに、どのくらい深刻に思慮ある男、現実の艱苦の中にある男の感情を索漠とさせるものであるか。・・・ 宮本百合子 「祭日ならざる日々」
・・・級的真理ではないにしろ、科学的真理を現実の社会に活用してゆく力の階級性――それが幸福をねがい、平和をねがい、よき人生を求めている世界の働く人民であるか、それともありあまる富と権力とによってさらに強力なスリルと利潤とを、世界人類の基礎の上に一・・・ 宮本百合子 「質問へのお答え」
出典:青空文庫