・・・このごろ人形の家をまた読み返し、重大な発見をして、頗る興奮した。ノラが、あのとき恋をしていた。お医者のランクに恋をしていたのだ。それを発見した。弟妹たちを呼び集めて、そのところを指摘し、大声叱咤、説明に努力したが、徒労であった。弟妹たちは、・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・ ノラもまた考えた。廊下へ出てうしろの扉をばたんとしめたときに考えた。帰ろうかしら。 私がわるいことをしないで帰ったら、妻は笑顔をもって迎えた。 その日その日を引きずられて暮しているだけであった。下宿屋で、たった独り・・・ 太宰治 「葉」
・・・をまた読み返し、重大な発見をして、頗る興奮した。ノラが、あのとき恋をしていた。お医者のランクに恋をしていたのだ。それを発見した。弟妹たちを呼び集めてそのところを指摘し、大声叱咤、説明に努力したが、徒労であった。弟妹たちは、どうだか、と首をか・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・青山原宿あたりの見掛けばかり門構えの立派な貸家の二階で、勧工場式の椅子テーブルの小道具よろしく、女子大学出身の細君が鼠色になったパクパクな足袋をはいて、夫の不品行を責め罵るなぞはちょっと輸入的ノラらしくて面白いかも知れぬが、しかし見た処の外・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・最も著しい例は、『ノラ』というようなものであります。それがイブセンという人は人間の代表者であると共に彼自身の代表者であるという特殊の点を発揮している。イミテーションではない。今までの道徳はそうだから、たといその道徳は不都合であるとは考えてい・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・をやっておりますが、あの主人公のノラは、いままで夫に玩具にされていたということが不満であり、どうかして、玩具の生活から逃れたいといって、家出をする。あのノラの問題に残されているものは家を出てから、どんな生活を、ノラは樹てていったかということ・・・ 宮本百合子 「幸福について」
・・・イプセンの「ノラ」は、ノラが人形でなくなろうとして人形の家を出てから先にこそ、女性の社会的問題があった。このことを、きょうの若い婦人で理解しない人はない。うたう雲雀、可愛いい人形から、急に一人の女に転生しようとしたノラの前途に、ふせられてい・・・ 宮本百合子 「離婚について」
・・・ イプセンの「ノラ、人形の家」はもうふるいと一部にいわれるが、そのふるくない解決へ何歩私たちは歩み出し得ているだろうか。ツルゲーネフの「処女地」「その前夜」は歴史がその解決の試みへの足どりを示している。ジイドの「女の学校、ロベル」などは・・・ 宮本百合子 「若い婦人のための書棚」
・・・の心持が、ノラでない細君にも、人形にせられ、おもちゃにせられる不愉快を感じさせたのであろう。 木村のためには、この遊びの心持は「与えられたる事実」である。木村と往来しているある青年文士は、「どうも先生には現代人の大事な性質が闕けています・・・ 森鴎外 「あそび」
出典:青空文庫