・・・お絹はそう言って、釜の下を覗いたり、バケツに水を汲んできたりした。 湯から上がると、定連の辰之助や、道太の旧知の銀行員浅井が来ていた。六 観劇は案じるよりも産みやすかった。 季節が秋に入っていたので、夜の散歩には、ど・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・ のりバケツとポスターの束をかかえて、外へでるとき、主人にそういわれると、二人はていねいにおじぎしている。「オーイ」 古藤の下宿の下を通るとき、三吉はどなってみたが返事がなかった。あかるい二階の障子窓から、マンドリンをひっかきな・・・ 徳永直 「白い道」
・・・ 風呂桶とはいうもののバケツの大きいものに過ぎぬ。彼がこの大鍋の中で倫敦の煤を洗い落したかと思うとますますその人となりが偲ばるる。ふと首を上げると壁の上に彼が往生した時に取ったという漆喰製の面型がある。この顔だなと思う。この炬燵櫓ぐらい・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・ 風がまた吹いて来て窓ガラスはまたがたがた鳴り、ぞうきんを入れたバケツにも小さな黒い波をたてました。 次の日一郎はあのおかしな子供が、きょうからほんとうに学校へ来て本を読んだりするかどうか早く見たいような気がして、いつもより早く・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・ゴーシュはそれを床の上にそっと置くと、いきなり棚からコップをとってバケツの水をごくごくのみました。 それから頭を一つふって椅子へかけるとまるで虎みたいな勢でひるの譜を弾きはじめました。譜をめくりながら弾いては考え考えては弾き一生けん命し・・・ 宮沢賢治 「セロ弾きのゴーシュ」
・・・そこでツェねずみはしかたなしに、こんどは、柱だの、こわれたちりとりだの、バケツだの、ほうきだのと交際をはじめました。中でも柱とは、いちばん仲よくしていました。 柱がある日、ツェねずみに言いました。「ツェねずみさん、もうじき冬になるね・・・ 宮沢賢治 「ツェねずみ」
・・・ブリキの子供用のバケツと金魚が忘れられたようにころがってある。温泉の水口はとめられていて、乾あがった湯槽には西日がさしこみ、楢の落葉などが散っていた。白樺の細い丸木を組んだ小橋が、藪柑子の赤い溝流れの上にかかったりしていたところからそこへ入・・・ 宮本百合子 「上林からの手紙」
・・・ねころがりながら竹すだれの下からのぞいてみるカザリヤの台所口にも、おゆきの家のと同じような短い竹すだれが下げられていて、あたりまえの水がめや、バケツが流しもとに見えているきりだった。子供の目にカザリらしいものは表の小さな店にも、台所にも見え・・・ 宮本百合子 「菊人形」
・・・ですから、そういう問題をどう解決すればよいかといえば、私たちは、屋根から雨が漏ってまいりましたときには慌ててバケツを持って来て雨を受けます。そして、お天気になりましたら、自分たちの手で、屋根にトタンなどを当てます。こうして、自分自身の力で、・・・ 宮本百合子 「幸福について」
・・・ここには水指と漱茶碗と湯を取った金盥とバケツとが置いてある。これは初の日から極めてあるので、朝晩とも同じである。 石田は先ず楊枝を使う。漱をする。湯で顔を洗う。石鹸は七十銭位の舶来品を使っている。何故そんな贅沢をするかと人が問うと、石鹸・・・ 森鴎外 「鶏」
出典:青空文庫