・・・おまえの趣味がそれほどノーブルに洗練されているとは思わなかった。全くおまえは見上げたもんだねえ。おまえは全くいい意味で貴族的だねえ。レデイのようだね。それじゃ僕が……沢本と戸部とが襲いかかる前に瀬古逸早くそれを口に入れる。瀬・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・あの行衛知れずになった犬というはポインターとブルテリヤの醜い処を搗交ぜたような下等雑種であって、『平凡』にある通りに誰の目にも余り見っとも好くない厭な犬であった。『平凡』では棄てられてクンクン鳴いていた犬の子を拾って育て上げたように書いてあ・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・の生活についてファーブルに比すべき研究のあったこの人に、かくのごとき質問をするのは、間違っていたと、私はすぐに気付いたのでした。 その後でした。私は撒布液のはいった、器械を手に握って、木の下に立っていると、うしろから、「お父さん、い・・・ 小川未明 「近頃感じたこと」
・・・栗島は、いつまでも太股がブル/\慄えるのを止めることが出来なかった。軍刀は打ちおろされたのであった。 必死の、鋭い、号泣と叫喚が同時に、老人の全身から溢れた。それは、圧迫せられた意気の揚らない老人が発する声とはまるで反対な、力のある、反・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・そして、彼らが市街のいずれかへ消えて行って、今夜ひっかえしてくる時には、靴下や化粧品のかわりに、ルーブル紙幣を、衣服の下にかくしている。そんな奴があった。 二 北方の国境の冬は、夜が来るのが早かった。 にょきにょ・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・で、そのまゝ何気なく帰ろうとして、外套に手を通しながら、ちょっとテーブルの方を見た。と、そこに、新しい手の切れるような札束があった。競争に負けたジャップには鐚一文だって有りゃしないんだろう。――テーブルに向って腰かけたメリケン兵の眼には彼へ・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・ 石川五右衛門も国定忠治も死刑となった、平井権八も鼠小僧も死刑となった、白木屋お駒も八百屋お七も死刑となった、大久保時三郎も野口男三郎も死刑となった、と同時に一面にはソクラテスもブルノーも死刑となった、ペロプスカヤもオシンスキーも死刑と・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・それではちゃんとつかまえておきますから、ついでにテイブルの上においてある私の手袋をもって来て下さい。」と言いました。 ギンは急いで引きかえして、鞍と手綱と、手袋とをもって出て来ますと、女は、さっきからそのままじっとそこに立ったきりでいま・・・ 鈴木三重吉 「湖水の女」
・・・ 王子はその長いすのそばのテイブルのところへいって、ひじをついて、手のひらでおとがいをささえながら、目ばたきもしないで、王女の顔を見つめていました。 ところがそのうちに、王子はだんだんと、ひとりでにまぶたがおもくなって、いつの間にか・・・ 鈴木三重吉 「ぶくぶく長々火の目小僧」
・・・一週間すぎて、ふたたびブルウル氏の時間が来た。お互いにまだ友人になりきれずにいる新入生たちは、教室のおのおのの机に坐ってブルウル氏を待ちつつ、敵意に燃える瞳を煙草のけむりのかげからひそかに投げつけ合った。寒そうに細い肩をすぼませて教室へはい・・・ 太宰治 「猿面冠者」
出典:青空文庫