・・・「しかしね、モラトリアムでいくらかいいかもしれないよ。――この間うちの相場は、二百円だった」「一票が、かい?」「ああ。百円じゃいやだというそうだ。東京じゃ米で買う奴が多いらしいね」 そこへ、一台電車が入って来た。プラットフォ・・・ 宮本百合子 「一刻」
・・・ 二月以来のモラトリアムは、経済生活を建て直す実効はなかった。特に、生活資金の二百円削減は、日常生活に甚大に響き、物価高、米の配給遅延の悪条件、失業の増大等、どんな婦人の心にも、このままではやってゆけない切迫感を湧きたたせている。婦人立・・・ 宮本百合子 「一票の教訓」
・・・にもかかわらず、現内閣は、よたつきながら、今倒れるか、今倒れるかと思われながら、とうとうモラトリアム公表という重大な危機さえ突破して、どういう工合に作成されたものか、一昨日には憲法改正草案を発表するところまでもち越して来ている。 私たち・・・ 宮本百合子 「現実の必要」
・・・そのようにして、今度は、インフレーションからモラトリアムになった。ちょうど、瀕死の病人が、熱はだんだん低くなって来るし、脈の方は次第に数が殖えてきて、少々望みがなくなったので医者から親類に電報を打ちなさいと申し渡される。ちょうど今の日本の経・・・ 宮本百合子 「幸福について」
・・・ 私たちの毎日は、悠暢なものではありません。モラトリアムで、国民の経済が救われそうに話されましたが、一ヵ月たった今日では、万事がまるで逆になって来ています。米、味噌、醤油のような生活必需物資の値段は、私たちが使えるお金に制限をうけてから・・・ 宮本百合子 「幸福のために」
・・・ その営利出版は、今なお残って、今度は、モラトリアムその他破局的動揺と結合して、新しい文学者の出発を阻んでいる。 いつの時代にでも、文学を愛し、それを生もうとする者は、金銭ずくではない。それだからこそ、社会労働のうちでも、最も複雑な・・・ 宮本百合子 「作家への新風」
・・・インフレ防止と言ってモラトリアムがしかれたが、私達の大部分は、モラトリアム公表の一日前に五十銭札で隠しておく二千円、三千円という金を持ってはいなかった。交通費は三倍になっている。米の値も味噌、醤油の値も三倍になっている。三十前の青年だといっ・・・ 宮本百合子 「青年の生きる道」
・・・ 三 モラトリアムがはじまった。それが人民の幸福の建設に避けがたい道であるというならば、泥濘も私たち人民は歩き終せるだけの勇気をもっている。 ところが、きょうの新聞に奇怪な投書が掲載された。モラトリアム・・・ 宮本百合子 「人間の道義」
噂の方が先に来ていたモラトリアムが遂に始った。発表後第一日である昨日の新聞紙にはモラトリアム案内の記事が満載された。月給現金最高五〇〇円、一ヵ月に預金払戻し世帯主三〇〇円と家族一人増す毎に一〇〇円、今までよりずっと暮しは楽・・・ 宮本百合子 「モラトリアム質疑」
・・・ 去る二月十六日午後から、日本にはインフレーション防止非常措置として、モラトリアムがしかれた。瀕死の病人の体温表をみると、脈搏の数は益々多く、高く高くと青線は下から昇りつめるのに、体温は、命数のつきるにしたがって、低く低くと衰えて来て、・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
出典:青空文庫