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・・・ それから神田の宝亭で、先生の好きな青豆のスープと小鳥のロースか何か食ってそして一、二杯の酒に顔を赤くして、例の蛙の鳴声の真似をして笑っていた。 考えてみると、あの時分の先生と晩年の先生とは何だかだいぶちがった人のような気がするので・・・
寺田寅彦
「蛙の鳴声」
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・・・ドイツ生れのO夫人がちゃんと時刻をたがえずやって来て一つの鍋のロースを日本の箸ではさんでいた。三十余年前にはこれが珍しかった。 ある夜。 岩崎の森の梢に松坂屋の照明が見える。寒い暗い都会霧の中に夢のワルハラのごとく光の宮を浮上がらせ・・・
寺田寅彦
「病院風景」