出典:青空文庫
・・・池の端にあったならこの椿岳の一世一代の画も大方焼けてしまったろう。 第二回だか第三回だかの博覧会にも橋弁慶を出品して進歩二等賞の銅牌を受領した。この画は今何処にあるか、所有者が不明である。元来椿岳というような旋毛曲りが今なら帝展に等しい・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・「その時が日本の驥足を伸ぶべき時、自分が一世一代の飛躍を試むべき時だ」と畑水練の気焔を良く挙げたもんだ。 果然革命は欧洲戦を導火線として突然爆発した。が、誰も多少予想していないじゃないが余り迅雷疾風的だったから誰も面喰ってしまった。その・・・ 内田魯庵 「二葉亭追録」
・・・こりゃ一世一代の傑作になるよ」 家人は噴きだしながら降りて行った。私はそれをもっけの倖いに思った。なぜ阿部定を書きたいのかと訊かれると、返答に困ったかも知れないのだ。所詮はグロチック好みの戯作者気質だと言えば言えるものの、しかしただそれ・・・ 織田作之助 「世相」
・・・ ほとんど生れてはじめて都会らしい都会に足を踏みこむのでしたから、少年にとっては一世一代の凝った身なりであったわけです。興奮のあまり、その本州北端の一小都会に着いたとたんに、少年の言葉つきまで一変してしまっていたほどでした。かねて少年雑・・・ 太宰治 「おしゃれ童子」
・・・佐野次郎にしちゃ大出来だ。一世一代だぞ、これあ。太宰さん。附け鬚模様の銀鍍金の楯があなたによく似合うそうですよ。いや、太宰さんは、もう平気でその楯を持って構えていなさる。僕たちだけがまるはだかだ」「へんなことを言うようですけれども、君は・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・学校のおつとめからお帰りになって、隣りのお部屋で、私たちの話を立聞きして、ふびんに思い、厳酷の父としては一世一代の狂言したのではなかろうか、と思うことも、ございますが、まさか、そんなこともないでしょうね。父が在世中なれば、問いただすこともで・・・ 太宰治 「葉桜と魔笛」
・・・ 医者は危険だと云ったような一世一代の大旅行を無事になしとげたこと、旅日記をもかきとおすことが出来たこと。それらを、母はみんな例の霊の加護によるものという風にだけ解釈した。翌々年に膵臓膿腫を患い、九死に一生を得たときも、母が讚歎したのは・・・ 宮本百合子 「母」