・・・ロックフェラアに金を借りることは一再ならず空想している。しかし粟野さんに金を借りることはまだ夢にも見た覚えはない。のみならず咄嗟に思い出したのは今朝滔々と粟野さんに売文の悲劇を弁じたことである。彼はまっ赤になったまま、しどろもどろに言い訣を・・・ 芥川竜之介 「十円札」
・・・隣屋敷まで聞えそうな声で、わめき立てた事も一再ではない。刀架の刀に手のかかった事も、度々ある。そう云う時の彼はほとんど誰の眼にも、別人のようになってしまう。ふだん黄いろく肉の落ちた顔が、どこと云う事なく痙攣して眼の色まで妙に殺気立って来る。・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・こう云う自分たちの笑い声がどれほど善良な毛利先生につらかったか、――現に自分ですら今日その刻薄な響を想起すると、思わず耳を蔽いたくなる事は一再でない。 それでもなお毛利先生は、休憩時間の喇叭が鳴り渡るまで、勇敢に訳読を続けて行った。そう・・・ 芥川竜之介 「毛利先生」
・・・随分いやな頼まれごとでも快く承諾されたのは一再でない。或る時などは、私は万年筆のことを書いて下さいと頼んだ。若い元気の好い文学者へでも、こんな事を頼もうものなら、それこそムキになって怒られようが、先生は別に嫌な顔などはせられなかった。ただ「・・・ 内田魯庵 「温情の裕かな夏目さん」
・・・ 佐伯が死んだという噂が東京の本郷あたりで一再ならず立ち、それが大阪にいる私の耳にまで伝わってきたのは、その頃のことだ。本当に死んでしまったのかとそのアパートを訪れてみると、佐伯はまだ生きていて、うっかり私が洩らしたその噂をべつだん悲し・・・ 織田作之助 「道」
・・・せっかく村へよこされたトラクターが深夜何者かによって破壊されたという例は一再ならず我々の耳目にさえふれたのである。 ┌─────────────────┐ │工場と農村の結合へ! │ └─────────・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・戯曲家としての氏が、自作の上演に当って劇場側の態度がわるい場合、勝手に改作したり、無断上演したりした場合、法律的手段によっても作者としての正当な権利を主張して来ている例は今日迄一再に止まらない。最近にも、放送局との間に、同種類の問題が生じて・・・ 宮本百合子 「山本有三氏の境地」
出典:青空文庫