・・・と綱雄は一打ち煙管を払く。その音も善平の耳に障りて、笑ましき顔も少し打ち曇りしが、それはどんな人であっても探せばあらはきっと出る、長所を取り合ってお互いに面白く楽しむのが交際というものだ。お前はだんだん偏屈になるなア。そんな風で世間を押し通・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・この鐘の最後の一打ちわずかに響きおわるころ夕煙巷をこめて東の林を離れし月影淡く小川の水に砕けそむれば近きわたりの騎馬隊の兵士が踵に届く長剣を左手にさげて早足に巷を上りゆく、続いて駄馬牽く馬子が鼻歌おもしろく、茶店の娘に声かけられても返事せぬ・・・ 国木田独歩 「わかれ」
・・・後で聞けば、硫黄でえぶし立てられた獣物の、恐る恐る穴の口元へ首を出した処をば、清五郎が待構えて一打ちに打下す鳶口、それが紛れ当りに運好くも、狐の眉間へと、ぐっさり突刺って、奴さん、ころりと文句も云わず、悲鳴と共にくたばって仕舞ったとの事。大・・・ 永井荷風 「狐」
・・・ まだ生れて間もない、細くしなやかな稚木共は、一打ちの斧で、体じゅうを痛々しく震わせながら、音も立てずに倒れて行く。 思いがけない異変に驚く間もあらばこそ、鋭い刀を命の髄まで打ち込まれ打ち込まれした森の古老達は、悲しそうに頭を振り動・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
出典:青空文庫