一 稲妻 晴れた夜、地平線上の空が光るのをいう。ドイツではこれを Wetterleuchten という。虚子の句に「一角に稲妻光る星月夜」とある。『説文』に曰く電は陰陽の激曜するな・・・ 寺田寅彦 「歳時記新註」
・・・その絵の景色には、普通日本人の頭にある京都というものは少しも出ていなくて、例えばチベットかトルキスタンあたりのどこかにありそうな、荒涼な、陰惨な、そして乾き切った土地の高みの一角に、「屋根のある棺柩」とでも云いたいような建物がぽつぽつ並んで・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・自分の頭の中にある狭い世の中の一角が、それは小さな一角ではあるが、永久に焼払われたような気がした。何故だろう。 今まであの店の部屋の古風な装飾なり、また燕尾服を着たボーイなりが、すべて前の世紀の残りものであったのが、火事で焼けたこの機会・・・ 寺田寅彦 「雑記(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・ 週期的ではないが、リーゼガング現象といくぶん類似の点のあるのは、モチの木の葉の面に線香か炭火の一角を当てるときにできる黒色の環状紋である。これについては現に理化学研究所平田理学士によって若干の実験的研究が進行しているが、これもやはり広・・・ 寺田寅彦 「自然界の縞模様」
・・・と頭を振ったり何かしていきりたつので、笑ってすんでしまいはしたけれ共、あんなじゃあきっと銀行でも毛虫あつかいにされて居るのだろうと思うと、旦那様、お父さんと一角尊がって居る家の者達が気の毒な様にもなったりした。 極く明けっ放しな・・・ 宮本百合子 「二十三番地」
・・・「かかる官府の豹変は平安盛時への復帰とも解釈されるし、また政府の思想的一角が今日、俄かに欧化した」とも云い得るかのようであるが、実際には帝国芸術院が出来ると一緒に忽ち養老院、廃兵院という下馬評が常識のために根をすえてしまった。「新日本文化の・・・ 宮本百合子 「矛盾の一形態としての諸文化組織」
・・・ 同じ形をした同じ枝の葉でも□(でも、その一角でも赤か黄にそまって居ると人は目につける。それが死ぬ間ぎわの色でも……人間も木の葉とそんなに変らなく一寸色が変って居ると目立つものだ。 田舎に育った娘は、しずかなチラット白眼・・・ 宮本百合子 「芽生」
・・・まさかお父う様だって、草昧の世に一国民の造った神話を、そのまま歴史だと信じてはいられまいが、うかと神話が歴史でないと云うことを言明しては、人生の重大な物の一角が崩れ始めて、船底の穴から水の這入るように物質的思想が這入って来て、船を沈没させず・・・ 森鴎外 「かのように」
壱 小倉の冬は冬という程の事はない。西北の海から長門の一角を掠めて、寒い風が吹いて来て、蜜柑の木の枯葉を庭の砂の上に吹き落して、からからと音をさせて、庭のあちこちへ吹き遣って、暫くおもちゃにしていて、と・・・ 森鴎外 「独身」
・・・そうしてそこには、確かに、我々の心の一角に触れる淡い情趣が生かされている。すなわち牧歌的とも名づくべき、子守歌を聞く小児の心のような、憧憬と哀愁とに充ちた、清らかな情趣である。氏はそれを半ばぼかした屋根や廂にも、麦をふるう人物の囲りの微妙な・・・ 和辻哲郎 「院展日本画所感」
出典:青空文庫