・・・ 例の写真ではとても十九とは思われぬが、本人を見れば年相応に大人びている、色は少し黒いが、ほかには点の打ちどころもない縹致で、オットリと上品な、どこまでも内端におとなしやかな娘で、新銘撰の着物にメリンス友禅の帯、羽織だけは着更えて絹縮の・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・いや、京都の言葉が大阪の言葉より柔かく上品で、美しいということは、もう日本国中津津浦浦まで知れわたっている事実だ。同時に大阪の言葉がどぎつく、ねちこく、柄が悪く、下品だということも、周知の事実である。 たしかに京都の言葉は美しい。京都は・・・ 織田作之助 「大阪の可能性」
・・・色の白い、上品な佐川の顔や、どこか済まし込んだその物の言い方には、赤井はさすがに記憶があった。「やア、その節はいろいろと……」 赤井は応召前、佐川の世話で二三度放送したことがあった。「もう、落語はおやりにならないんでやすか」・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・光代は傍に聞いていたりしが、それでもあの綱雄さんは、もっと若くって上品で、沈着いていて気性が高くって、あの方よりはよッぽどようござんすわ。と調子に確かめて膝押し進む。ホイ、お前の前で言うのではなかった。と善平は笑い出せば、あら、そういうわけ・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・浄土真宗の信仰などはそれを主眼とするのである、信仰というものをただ上品な、よそ行きのものと思ってはならない。お寺の中で仏像を拝むことと考えては違う。念仏の心が裏打ちしていれば、自由競争も、戦術も、おのずと相違してくるのである。この外側からは・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・釣はどうも魚を獲ろうとする三昧になりますと、上品でもなく、遊びも苦しくなるようでございます。 そんな釣は古い時分にはなくて、澪の中だとか澪がらみで釣るのを澪釣と申しました。これは海の中に自から水の流れる筋がありますから、その筋をたよって・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・わけてもひどいのは、半分ほどきかけの、女の汚れた袷をそのまま丸めて懐へつっこんで来た頭の禿げた上品な顔の御隠居でした。殆んど破れかぶれに其の布を、拡げて、さあ、なんぼだ、なんぼだと自嘲の笑を浮べながら値を張らせて居ました。頽廃の町なのであり・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・そういうわけで裾から上だけをかいた歌麿の女などが、こせつかない上品な美しさを感じさせるのではあるまいか。写楽のごとき敏感な線の音楽家が特に半身像を選んだのも偶然でないと思われる。 写楽以外の古い人の絵では、人間の手はたとえば扇や煙管など・・・ 寺田寅彦 「浮世絵の曲線」
・・・いつごろそんな商売をやりだしたか知らなかったが、今でも長者のような気持でいるおひろたちの母親は、口の嗜好などのおごったお上品なお婆さんであった。時代の空気の流れないこの町のなかでも、こんな人はまた珍らしかった。小柄なおひろはもう三十ぐらいに・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・弱きを滅す強き者の下賤にして無礼野蛮なる事を証明すると共に、滅される弱き者のいかほど上品で美麗であるかを証明するのみである。自己を下賤醜悪にしてまで存在を続けて行く必要が何処にあろう。潔よく落花の雪となって消るに如くはない。何に限らず正当な・・・ 永井荷風 「妾宅」
出典:青空文庫