・・・道は庭先をだらだら下りると、すぐに浜へつづいていた。「泳げるかな?」「きょうは少し寒いかも知れない。」 僕等は弘法麦の茂みを避け避け、(滴をためた弘法麦の中へうっかり足を踏み入れると、ふくら脛の痒そんなことを話して歩いて行った。・・・ 芥川竜之介 「海のほとり」
・・・当時その避暑地に住んでいた彼は、雨が降っても、風が吹いても、午前は八時発の下り列車に乗り、午後は四時二十分着の上り列車を降りるのを常としていた。なぜまた毎日汽車に乗ったかと云えば、――そんなことは何でも差支えない。しかし毎日汽車になど乗れば・・・ 芥川竜之介 「お時儀」
・・・椅子からすべり下りると敷石の上に身を投げ出して、思い存分泣いた。その小さい心臓は無上の歓喜のために破れようとした。思わず身をすり寄せて、素足のままのフランシスの爪先きに手を触れると、フランシスは静かに足を引きすざらせながら、いたわるように祝・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・土に下りると、はや其処に水があった。 橋がだぶりと動いた、と思うと、海月は、むくむくと泳ぎ上がった。水はしだいに溢れて、光物は衝々と尾を曳く。 この動物は、風の腥い夜に、空を飛んで人を襲うと聞いた……暴風雨の沖には、海坊主にも化るで・・・ 泉鏡花 「海の使者」
・・・自分は続く人の無いにかかわらず、まっすぐに停車場へ降りる。全く日は暮れて僅かに水面の白いのが見えるばかりである。鉄橋の下は意外に深く、ほとんど胸につく深さで、奔流しぶきを飛ばし、少しの間流れに遡って進めば、牛はあわて狂うて先に出ようとする。・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・車を下りる妻の権幕は非常なものであった。僕が妻からこんな下劣な侮辱の言を聴くのは、これが初めてであった。「………」よッぽどのぼせているのだろうから、荒立ててはよくないと思って、僕はおだやかに二階へつれてあがった。 茶を出しに来たおか・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・このエキゾチックな貴族臭い雰囲気に浸りながら霞ガ関を下りると、その頃練兵場であった日比谷の原を隔てて鹿鳴館の白い壁からオーケストラの美くしい旋律が行人を誘って文明の微醺を与えた。今なら文部省に睨まれ教育界から顰蹙される頗る放胆な自由恋愛説が・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・ 義雄さんは、赤い実をとげからぬき取って、木から下りると、お母さんのところへ持ってまいりました。 すると、お母さんは、「うぐいすか、なにかそんなような鳥が、どこからか、くわえてきてさしていったのです。」とおっしゃいました。「・・・ 小川未明 「赤い実」
・・・ 私はしびれを切らせて、彼が降りる筈の駅まで迎えに行くと、半時間ほどして、真っ青な顔でやって来た。「どうしたんだ」ときくと、「徹夜して原稿を書いてたんだ。朝までに出来る積りだったが、到頭今まで掛った。顔も洗わずに飛んで来た」・・・ 織田作之助 「鬼」
・・・小草が数本に、その一本を伝わって倒に這降りる蟻に、去年の枯草のこれが筐とも見える芥一摘みほど――これが其時の眼中の小天地さ。それをば片一方の眼で視ているので、片一方のは何か堅い、木の枝に違いないがな、それに圧されて、そのまた枝に頭が上ってい・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
出典:青空文庫