・・・監督に対してあらゆる質問を発しながら、帳簿の不備を詰って、自分で紙を取りあげて計算しなおしたりした。監督が算盤を取りあげて計算をしようと申し出ても、かまいつけずに自分で大きな数を幾度も計算しなおした。父の癖として、このように一心不乱になると・・・ 有島武郎 「親子」
・・・それゆえ始めの間の論駁には多くの私の言説の不備な点を指摘する批評家が多いようだったが、このごろあれを機縁にして自己の見地を発表する論者が多くなってきた。それは非常によいことだと思う。なぜならばあの問題はもっと徹底的に講究されなければならない・・・ 有島武郎 「想片」
・・・そこへ家から送ってくれた為替にどうしたことか不備なところがあって、それを送り返し、自分はなおさら不愉快になって、四日ほど待っていたのだった。その日に着いた為替はその二度目の為替であった。 書く方を放棄してから一週間余りにもなっていただろ・・・ 梶井基次郎 「泥濘」
・・・しかし現実の恋愛は実に多様な場合があり、陥りやすき人間の弱点があり、社会的不備から生ずる同情すべき散文的側面があり、必ずしも一概にはいえないさまざまの事情があるものである。 ことに私の上来のいましめはイデアリストに現実的心得を説くよりも・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・批評家たちは、その作品の構成の不備を指摘しながらも、その描写の生々しさを、賞讃することを忘れませんでした。どうやら、佳作、という事に落ちついた様子であります。けれども芸術家は、その批評にも、まるで無関心のように、ぼんやりしていました。それか・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・そうして、その不備の点を補うためにさらに補助的研究を遂行しなければならないようになることもしばしばあるのである。それからまた、頭の中で考えただけでは充分につじつまが合ったつもりでいた推論などが、歴然と目の前の文章となって客観されてみると存外・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・また船舶の胴体に働く剪断応力の分布について在来の考えの不備な点を考察した論文がある。これも重要なもので、多くの外国の教科書等にも同君のこの論文が引用されている。また船が進水した時に気温と水温との差違のために意外な応力を生じる。これも以前には・・・ 寺田寅彦 「工学博士末広恭二君」
・・・ 少なくも相対性原理はたとえいかなる不備の点が今後発見され、またたとえいかなる実験的事実がこの説に不利なように見えても、それがために根本的に否定されうべき性質のものではないと私は信じている。 三 相対性原理の・・・ 寺田寅彦 「相対性原理側面観」
・・・推理の誤謬や不備があればそれは不敏のいたすところである。このはなはだ僭越と考えらるべき門外漢の一私案が、もし専門学者にとってなんらかの参考ともならば、著者としての喜びはこれに過ぎるものはない。 思うにこの私案の第一歩の試みを最も有効に遂・・・ 寺田寅彦 「比較言語学における統計的研究法の可能性について」
・・・官衙や商社における組織や行政の不備や吏員の怠慢に対しても犀利な批評と痛切な助言を加えたい。 これらのあらゆる探究摘発批評の動機が純粋に好意的のものでありたい。不備に対して当事者を攻撃し誹謗する事よりもむしろ当事者の味方になり、そうして一・・・ 寺田寅彦 「一つの思考実験」
出典:青空文庫