・・・ と、知っていたのか、簡単に皮肉られて、うろたえ、まる三日間二人掛りで看病してやったが、実は到頭中風になってしまっていた婆さんの腰が、立ち直りそうにもなかった。「――これももと言うたら、あんたらがわてをこき使うたためや」 と、お・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・医者に見せると中風だ。 お定は悲しむまえに、まず病が本物だったことをもっけの倖にわめき散らして、死神が舞いこんできよった。嫁が来た日から病に取り憑かれたのだというその意味は、登勢の胸にも冷たく落ち、この日からありきたりの嫁苛めは始まるの・・・ 織田作之助 「螢」
・・・ 維康柳吉といい、女房もあり、ことし四つの子供もある三十一歳の男だったが、逢い初めて三月でもうそんな仲になり、評判立って、一本になった時の旦那をしくじった。中風で寝ている父親に代って柳吉が切り廻している商売というのが、理髪店向きの石鹸、・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・久しく見ざれば停車場より我が家までの間の景色さえ変りて、愴然たる感いと深く、父上母上の我が思いなしにやいたく老いたまいたる、祖母上のこの四五日前より中風とやらに罹りたまえりとて、身動きも得したまわず病蓐の上に苦しみいたまえるには、いよいよ心・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
・・・ 親類のじいさんで中風をしてから十年も生きていたのがあった。それが寒い時候にはいつでも袖無しの道服を着て庭の日向の椅子に腰をかけていながら片手に長い杖を布切れで巻いたのを持って、そうしていつまでもじっとしたままで小半日ぐらいのあいだ坊・・・ 寺田寅彦 「ステッキ」
・・・左側の水楼に坐して此方を見る老人のあればきっと中風よとはよき見立てと竹村はやせば皆々笑う。新地の絃歌聞えぬが嬉しくて丸山台まで行けば小蒸汽一艘後より追越して行きぬ。 昔の大名それの君、すれちがいし船の早さに驚いてあれは何船と問い給えば御・・・ 寺田寅彦 「東上記」
・・・血を飲みすぎたんで中風になったんだ。お前が踏みつけてるものは、無数の赤ん坊の代りとお前自身の汚物だ。そこは無数の赤ん坊の放り込まれた、お前の今まで楽しんでいた墓場の、腐屍の臭よりも、もっと臭く、もっと湿っぽく、もっと陰気だろうよ。 だが・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・良人五年の中風症、死に至るまで看護怠らずといい、内君七年のレウマチスに、主人は家業の傍らに自ら薬餌を進め、これがために遂に資産をも傾けたるの例なきにあらず。 これらの点より見れば、夫婦同室は決して面白きものにあらず。独身なれば、親戚朋友・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・父にあたる人は七年来の中風で衰弱が目立っていたから、母の琴平詣りも、ほんとうの願がけ一心で、住んでいる町の駅を出たのは夜中のことであった。私がお伴をして、尾の道で汽船にのった。尾の道と云えば「暗夜行路」できき知った町の名である。町を見る間も・・・ 宮本百合子 「琴平」
・・・嫁いで来た中條も貧乏な米沢の士族で、ここは大姑、舅姑、小姑二人とかかり人との揃った大家内であったし、舅はもうその頃中風で、世間なれない二十二の花嫁としては大姑、姑たちの、こまかくつけまわす視線だけでもなかなか辛い思いをしたらしい。その時分の・・・ 宮本百合子 「母」
出典:青空文庫