・・・するとここにまた思いもよらない不思議が起ったと申しますのは、春日の御社に仕えて居りますある禰宜の一人娘で、とって九つになりますのが、その後十日と経たない中に、ある夜母の膝を枕にしてうとうとと致して居りますと、天から一匹の黒竜が雲のように降っ・・・ 芥川竜之介 「竜」
・・・ 時計が九つ打っても僕は寝られなかった。寝られないなあと思っている中に、ふっと気が附いたらもう朝になっていた。いつの間に寝てしまったんだろう。「兄さん眼がさめて」 そういうやさしい声が僕の耳許でした。お母さんの声を聞くと僕の体は・・・ 有島武郎 「碁石を呑んだ八っちゃん」
・・・――藁すべで、前刻のような人形を九つ、お前さん、――そこで、その懐紙を、引裂いて、ちょっと包めた分が、白くなるから、妙に三人の女に見えるじゃありませんか。 敷居際へ、――炉端のようなおなじ恰好に、ごろんと順に寝かして、三度ばかり、上から・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・角の九つある、竜が、頭を兜に、尾を草摺に敷いて、敵に向う大将軍を飾ったように。……けれども、虹には目がないから、私の姿が見つからないので、頭を水に浸して、うなだれ悄れている。どれ、目を遣ろう――と仰有いますと、右の中指に嵌めておいで遊ばした・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・それさえ十ウの八つ九つまでは、ほとんど草がくれなる上に、積った落葉に埋れている。青芒の茂った、葉越しの谷底の一方が、水田に開けて、遥々と連る山が、都に遠い雲の形で、蒼空に、離れ島かと流れている。 割合に土が乾いていればこそで――昨日は雨・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・鰌とりのかんてらが、裏の田圃に毎夜八つ九つ出歩くこの頃、蚕は二眠が起きる、農事は日を追うて忙しくなる。 お千代が心ある計らいによって、おとよは一日つぶさに省作に逢うて、将来の方向につき相談を遂ぐる事になった。それはもちろんお千代の夫も承・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・ときく様子は腰や足がとくにちゃんと止まって居られない様にフラフラして気味がわるいので皆んな何とも云わずに家へ逃げかえってしまった、その中にたった一人岩根村の勘太夫の娘の小吟と云うのはまだ九つだったけれ共にげもしないでおとなしく、「もう少し行・・・ 著:井原西鶴 訳:宮本百合子 「元禄時代小説第一巻「本朝二十不孝」ぬきほ(言文一致訳)」
・・・年は九つ」 いじらしい許りの自己紹介だった。「ふーん。ミネちゃんのお父つぁんやお母はんは……?」 きくと、ミネ子はわっと泣きだした。「判った、判った。もう泣きな、泣きな。ミネちゃんが泣くと、おっさんまで泣きとなる」 しか・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
一 その時、寿子はまだ九つの小娘であった。 父親が弾けというから、弾いてはいるものの、音楽とは何か、芸術とはどんなものであるか、そんなことは無論わかる道理もなく、考えてみたこともなかった。 また、石にかじりついても立派な・・・ 織田作之助 「道なき道」
・・・ 池のかなたより二人の小娘、十四と九つばかりなるが手を組みて唄いつつ来たるにあいぬ。一目にて貧しき家の児なるを知りたり。唄うはこのごろ流行る歌と覚しく歌の意はわれに解し難し。ただ二人が唄う節の巧みなる、その声は湿りて重き空気にさびしき波・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
出典:青空文庫