・・・自分が予想していた以上に、自分の答弁が快調に録音せられている。まず、これでよし。大過無し。官庁に於ける評判もいいだろう。成功である。しかも、これは日本国中に、いま、放送せられているのだ。彼は自分の家族の顔を順々に見る。皆、誇りと満足に輝いて・・・ 太宰治 「家庭の幸福」
・・・なんとかいう記者は、君の大きな体格を見て、その予想外なのに驚いたというからね」 「そうですかナ」と、杉田はしかたなしに笑う。 「少女万歳ですな!」 と編集員の一人が相槌を打って冷やかした。 杉田はむっとしたが、くだらん奴・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・これはわれわれには全然予想もつかない。しかしその未知の扉にぶつかってこれを開く人があるとすれば、その人はやはり案内者などのやっかいにならない風来の田舎者でなければならない。第三の扉の事はいかに権威ある案内記にも誌してないのである。 ・・・ 寺田寅彦 「案内者」
・・・ 去年の春、初めて人家の庭、また農家の垣に梅花の咲いているのを見て喜んだのは、わたくしの身に取っては全く予想の外にあったが故である。戦災の後、東京からさして遠くもない市川の町の附近に、むかしの向嶋を思出させるような好風景の残っていたのを・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・だから長谷川君についても別段に鮮明な予想は持っていなかったのであるけれども、冥々のうちに、漠然とわが脳中に、長谷川君として迎えるあるものが存在していたと見えて、長谷川君という名を聞くや否やおやと思った。もっともその驚き方を解剖して見るとみん・・・ 夏目漱石 「長谷川君と余」
・・・ 悲劇の主人公は、私の予想を裏切った。 私はたとえば、彼女が三人のごろつきの手から遁げられるように、であるとか、又はすぐ警察へ、とでも云うだろうと期待していた。そしてそれが彼女の望み少い生命にとっての最後の試みであるだろうと思ってい・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・ 全く私の予想通りでした。 そこへ隣りの教員室から、黒いチョッキだけ着た、がさがさした茶いろの狐の先生が入って来て私に一礼して云いました。「武田金一郎をどう処罰いたしましょう。」 校長は徐ろにそちらを向いてそれから私を見まし・・・ 宮沢賢治 「茨海小学校」
・・・その矛盾から男女というと、何となく特別な儀礼的な方法や気分が予想される。外国映画などで目から入ることの外見だけの模倣が現われる。そういうエティケット風な外国の模倣が続くのは特に日本では四十にならないまでのことである。家庭をもって生活してゆけ・・・ 宮本百合子 「明日をつくる力」
・・・便便として為すところなき梶自身の無力さに対する嫌悪や、栖方の世界に刃向う敵意や、殺人機の製造を目撃する淋しさや、勝利への予想に興奮する疲労や、――いや、見ないに越したことはない、と梶は思った。そして、栖方の云うままには動けぬ自分の嫉妬が淋し・・・ 横光利一 「微笑」
・・・ これは全く予想外の光景であった。私たちは蓮の花の近接した個々の姿から、大量の集団的な姿や、遠景としての姿をまで、一挙にして与えられたのである。しかも蓮の花以外の形象をことごとく取り除いて、純粋にただ蓮の花のみの世界として見せられたので・・・ 和辻哲郎 「巨椋池の蓮」
出典:青空文庫