・・・年二百歳か三百歳という未だうら若い青さに痩せていた頃、嘘八百と出鱈目仙人で狐狸かためた新手村では、信州にかくれもなき怪しげな年中行事が行われ、毎年大晦日の夜、氏神詣りの村人同志が境内の暗闇にまぎれて、互いに悪口を言い争ったという。 誰彼・・・ 織田作之助 「猿飛佐助」
・・・そしてお互いにもはや言い合うようなことも尽きて、身体を横にして、互いに顰め面をしていたのだ。 そこへ土井がやってきた。彼はむずかしい顔して、行儀よく坐ったが、「君のところへは案内状が行ったかね?」と、私は訊いた。「いや来ない……・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・それでも時には、前の坊主山の頂きが白く曇りだして、羽毛のような雪片が互いに交錯するのを恐れるかのように条をなして、昼過ぎごろの空を斜めに吹下ろされた。……「これだけの子供もあるというのに、あなたは男だから何でもないでしょうけれど、私には・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・そんな不自由さが――そして狭さから来る親しさが、彼らを互いに近づけることが多い。彼らもどうやらそうした二人らしいのであった。 一人の青年はビールの酔いを肩先にあらわしながら、コップの尻でよごれた卓子にかまわず肱を立てて、先ほどからほとん・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・兄はそなたが上をうらやみせめて軍夫に加わりてもと明け暮れ申しおり候ここをくみ候わば一兵士ながらもそなたの幸いはいかばかりならんまた申すまでもなけれど上長の命令を堅く守り同列の方々とは親しく交わり艱難を互いにたすけ合い心を一にして大君の御為御・・・ 国木田独歩 「遺言」
・・・そういう愛を互いに期待すべきだ。だからこのごろときどき耳にする恋愛結婚より、見合結婚の方がましだなどと考えずに結婚に入る門はやはりどこまでも恋愛でなくてはならぬ。純な、一すじな、強い恋愛でなくてはならぬ。恋愛から入らずに結婚して、夫婦道の理・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・ 子供達は、喜び、うめき声を出したりしながら、互いに手をかきむしり合って、携えて来た琺瑯引きの洗面器へ残飯をかきこんだ。 炊事場は、古い腐った漬物の臭いがした。それにバターと、南京袋の臭いがまざった。 調理台で、牛蒡を切っていた・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・そこは私たちが古い籐椅子を置き、簡単な腰掛け椅子を置いて、互いに話を持ち寄ったり、庭をながめたりして来た場所だ。毎年夏の夕方には、私たちが茶の間のチャブ台を持ち出して、よく簡単な食事に集まったのもそこだ。 庭にあるおそ咲きの乙女椿の蕾も・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・母が胸をあけると、涙の谷、父の寝汗も、いよいよひどく、夫婦は互いに相手の苦痛を知っているのだが、それに、さわらないように努めて、父が冗談を言えば、母も笑う。 しかし、その時、涙の谷、と母に言われて父は黙し、何か冗談を言って切りかえそうと・・・ 太宰治 「桜桃」
・・・そういう批評家のために一人の作家が色々互いに矛盾したイズムの代表者となって現われたりするのであろう。 美術上の作品についても同様な場合がしばしば起る。例えば文展や帝展でもそんな事があったような気がする。それにつけて私は、ラスキンが「剽窃・・・ 寺田寅彦 「浅草紙」
出典:青空文庫