・・・今の時代の年若き男子一度この裡に入りて胸を開かばかれはその時よりして自由と人情との友なるべし。さてさらに貴嬢の解し難きものの一を言わんか、この気を呼吸するかの二郎なり。何ゆえぞと問いたまいそ、貴嬢もしよくこれを解し得る少女ならんにはいかで暗・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・しかし意欲そのものに実質的に道徳的価値を付して、より高き意欲に権利を与えんとする要請にもやみがたいものがある。人情にはむしろこの方が適し、小乗の宗教に通じる。性欲を満したいという意欲と、国君に殉死したいという意欲とに、そのものとしての価値等・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・ 何となれば、死生の際が人を詩化せしむる如く、戦争は、国民を詩化せしむるものにして、死生の際が人情の極致を発露する如く、戦争は実に、国民品性の極致を発露すべきものなれば也。死生の際が人情の極致を発露する時なりとして詩歌に、小説に、美文に・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・で、規則書が有り、月謝束修の制度も整然と立って居たのですが、漢学の方などはまだ古風なもので、塾規が無いのではありませんが至って漠然たるものでして、月謝やなんぞ一切の事は規則的法律的営業的で無く、道徳的人情的義理的で済んで居た方が多いのです。・・・ 幸田露伴 「学生時代」
・・・弟妹たちと映画を見にいって、これは駄作だ、愚劣だと言いながら、その映画のさむらいの義理人情にまいって、まず、まっさきに泣いてしまうのは、いつも、この長兄である。それにきまっていた。映画館を出てからは、急に尊大に、むっと不気嫌になって、みちみ・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・あらねば操觚を学びし人とも覚えずしかるを尚よく斯の如く一吐一言文をなして彼の爲永の翁を走らせ彼の式亭の叟をあざむく此の好稗史をものすることいと訝しきに似たりと雖もまた退いて考うれば単に叟の述る所の深く人情の髄を穿ちてよく情合を写せばなるべく・・・ 著:坪内逍遥 校訂:鈴木行三 「怪談牡丹灯籠」
・・・しかし、われわれの「人情」と「いわゆる常識」はこのからを肯定しようとする強い誘惑を醸成する。 その後、出入りの魚屋の証言によって近所のA家にもやはり白い洋種の猫がいるという一つの新しい有力なデータを加えることは出来た。しかし、東京中で西・・・ 寺田寅彦 「ある探偵事件」
・・・今日の我らが人情の眼から見れば、松陰はもとより醇乎として醇なる志士の典型、井伊も幕末の重荷を背負って立った剛骨の好男児、朝に立ち野に分れて斬るの殺すのと騒いだ彼らも、五十年後の今日から歴史の背景に照らして見れば、畢竟今日の日本を造り出さんが・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・「義理と人情づくめ誘拐」であった。しかしそれも大した功を奏しなかった。そこで今度は、スキャップ政策をとったが、それも強固な争議団の妨碍のために、予測程の成功ではなかった。トラックの中に、荷物の間に五六人のスキャップを積み込んで、会社間近まで・・・ 徳永直 「眼」
・・・歴レ年江樹自然深。人情湖海空迢※も明和安永の頃不忍池のほとりに居を卜した。大田南畝が壮時劉龍門に従って詩を学んだことも、既にわたくしは葷斎漫筆なる鄙稿の中に記述した。 南郭龍門の二家は不忍池の文字の雅馴ならざるを嫌って其作中には之を篠池・・・ 永井荷風 「上野」
出典:青空文庫