・・・第六夜 運慶が護国寺の山門で仁王を刻んでいると云う評判だから、散歩ながら行って見ると、自分より先にもう大勢集まって、しきりに下馬評をやっていた。 山門の前五六間の所には、大きな赤松があって、その幹が斜めに山門の甍を隠して・・・ 夏目漱石 「夢十夜」
・・・ 見習は、六尺位の仁王様のように怒った。「ほんとかい」「ほんとだとも」 水夫たちは、ボースンと共に、カンカン・ハマーを放り出したまま、おもてへ駆け込んだ。「何だ! あいつ等あ」 ブリッジを歩きまわっていた、一運は、コ・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・ すると、勇吉は、粗朶火を持たない左の手で、怒り猛る仁王のようにおしまにつかみかかりながら罵りかえした。「へちゃばばあ! ええ気になりくさって、おれを何だと思う! 亭主だぞ! 憚んながらこの家の主人だ! 何、何、何をしようとおれの勝・・・ 宮本百合子 「田舎風なヒューモレスク」
出典:青空文庫