・・・ 三年と五年の中にはめきめきと身上を仕出しまして、家は建て増します、座敷は拵えます、通庭の両方には入込でお客が一杯という勢、とうとう蔵の二戸前も拵えて、初はほんのもう屋台店で渋茶を汲出しておりましたのが俄分限。 七年目に一度顔を見せ・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・ 人の出入り一盛り。仕出しの提灯二つ三つ。紅いは、おでん、白いは、蕎麦。横路地を衝と出て、やや門とざす湯宿の軒を伝う頃、一しきり静になった。が、十夜をあての夜興行の小芝居もどりにまた冴える。女房、娘、若衆たち、とある横町の土塀の小路から・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・僕が来てからの様子を見ていても、料理の仕出しと言ってもそうあるようには見えないし、あがるお客はなおさら少い。たよりとしていたのは、吉弥独りのかせぎ高だ。毎日夕がたになると、家族は囲炉裡を取りまいて、吉弥の口のかかって来るのを今か今かと待って・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・分家の長兄もいつか運転手の服装を改めて座につき、仕出し屋から運ばれた簡単な精進料理のお膳が二十人前ほど並んで、お銚子が出されたりして、ややいなかのお葬式めいた気持になってきた。それからお経が始まり、さらに式場が本堂前に移されて引導を渡され、・・・ 葛西善蔵 「父の葬式」
・・・近いところなら仕出しもしています」「しかし、お客さんと言いましても、われわれの作ったものを味って下さる方は少いものですね」と言って、広瀬さんは新七と顔を見合せた。「お母さんのように素人でも料理の解る方があるかと思うと、私も張合がある。今・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・ 新開地を追うて来て新たに店を構えた仕出し屋の主人が店先に頬杖を突いて行儀悪く寝ころんでいる目の前へ、膳椀の類を出し並べて売りつけようとしている行商人もあった。そこらの森陰のきたない藁屋の障子の奥からは端唄の三味線をさらっている音も聞こ・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・ さて、午過ぎからは、家中大酒盛をやる事になったが、生憎とこの大雪で、魚屋は河岸の仕出しが出来なかったと云う処から、父は家のを殺して、出入の者共を饗応する事にした。一同喜び、狐の忍入った小屋から二羽の鶏を捕えて潰した。黒いのと、白い斑あ・・・ 永井荷風 「狐」
・・・濫な作者の道楽気は反省されなければならないと共に、群集の一人でも、此からの舞台では、仕出し根性を改めなければならないのではあるまいか。 此時ばかりでなく、「恋の信玄」で手負いの侍女が、死にかかりながら、主君の最期を告げに来るのに、傍にい・・・ 宮本百合子 「印象」
出典:青空文庫