・・・昨十八日午前八時四十分、奥羽線上り急行列車が田端駅附近の踏切を通過する際、踏切番人の過失に依り、田端一二三会社員柴山鉄太郎の長男実彦(四歳が列車の通る線路内に立ち入り、危く轢死を遂げようとした。その時逞しい黒犬が一匹、稲妻のように踏切へ飛び・・・ 芥川竜之介 「白」
・・・ 北海道といってもそういうことを考える時、主に私の心の対象となるのは住み慣れた札幌とその附近だ。長い冬の有る処は変化に乏しくてつまらないと人は一概にいうけれども、それは決してそうではない。変化は却ってその方に多い。雪に埋もれる六ヶ月は成・・・ 有島武郎 「北海道に就いての印象」
・・・が、同じ月、同じ夜のその命日は、月が晴れても、附近の町は、宵から戸を閉じるそうです、真白な十七人が縦横に町を通るからだと言います――後でこれを聞きました。 私は眠るように、学校の廊下に倒れていました。 翌早朝、小使部屋の炉の焚火に救・・・ 泉鏡花 「雪霊続記」
・・・それで自分は、天神川の附近から高架線の上を本所停車場に出て、横川に添うて竪川の河岸通を西へ両国に至るべく順序を定めて出発した。雨も止んで来た。この間の日の暮れない内に牽いてしまわねばならない。人々は勢い込んで乳牛の所在地へ集った。 用意・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・九十九里の波の音、夜から昼から間断なく、どうどうどうどうと穏やかな響きを霞の底に伝えている。九十九里の波はいつでも鳴ってる、ただ春の響きが人を動かす。九十九里付近一帯の村落に生い立ったものは、この波の音を直ちに春の音と感じている。秋の声とい・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・その附近の畑の掘れたなかに倒れとった。夜のあけ方であったんやけど、まだ薄暗かった。あたまを挙げてあたりを見ると、独り兵の這いさがるんかと思た黒い影があるやないか? 自分もあの様にして這いさがろ思てよく見ると、うわさに聴いた支那犬やないか? ・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・この町の人や、また付近の漁師がお宮へおまいりをするときに、この店に立ち寄って、ろうそくを買って山へ上りました。 山の上には、松の木が生えていました。その中にお宮がありました。海の方から吹いてくる風が、松のこずえに当たって、昼も、夜も、ゴ・・・ 小川未明 「赤いろうそくと人魚」
・・・この町の人や、また附近の漁師がお宮へお詣りをする時に、この店に立寄って蝋燭を買って山へ上りました。 山の上には、松の木が生えていました。その中にお宮がありました。海の方から吹いて来る風が、松の梢に当って、昼も夜もごうごうと鳴っています。・・・ 小川未明 「赤い蝋燭と人魚」
・・・来るだろうかという見出しで、また書きたてましたので、約束の日、私が田所さんたちといっしょに天王寺西門の鳥居の下へ行くと、おりから彼岸の中日のせいもあったが、鳥居の附近は黒山のような人だかりで、身動きもできぬくらいだった。私は新聞の記事にあお・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・ 最近、四条河原町附近の土地を、五百万円の新円で買い取った大阪の商人がいるという。 焼けても、さすがに大阪だったのだ。――という眼でみれば、大阪の盛り場、闇市場を歩いている時と、京都のそれを歩いている時との感じの違いが、改めて判るの・・・ 織田作之助 「大阪の憂鬱」
出典:青空文庫