・・・ 誰のお庇だ、これも兄者人の御守護のせい何ぞ恩返しを、と神様あつかい、伏拝みましてね、」 と婆さんは掌を合せて見せ、「一年、やっぱりその五月雨の晩に破風から鼻を出した処で、(何ぞお望と申上げますと、とそういったそうでございます。・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・ と、手よりも濡れた瞳を閉じて、頸白く、御堂をば伏拝み、「一口めしあがれ、……気を静めて――私も。」 と柄杓を重げに口にした。「動悸を御覧なさいよ、私のさ。」 その胸の轟きは、今より先に知ったのである。「秦さん、私は・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・熱田の八剣森陰より伏し拝みてセメント会社の煙突に白湾子と焼芋かじりながらこのあたりを徘徊せし当時を思い浮べては宮川行の夜船の寒さ。さては五十鈴の流れ二見の浜など昔の草枕にて居眠りの夢を結ばんとすれどもならず。大府岡崎御油なんど昔しのばるゝ事・・・ 寺田寅彦 「東上記」
出典:青空文庫