・・・俊助に高慢な顔をするなって、おれがそう言ったッて伝言ろ!』これがかれのせめてもの愉快であった。『彼人がどうしてまた東京に来たろう、』自分は自分の直覚を疑ってはまた確かめてその後、ある友人にもかれのことを話して見たが、友は小首を傾けたばかりで・・・ 国木田独歩 「まぼろし」
・・・この談は汝さえ知らないのだもの誰が知っていよう、ただ太郎坊ばかりが、太郎坊の伝言をした時分のおれをよく知っているものだった。ところでこの太郎坊も今宵を限りにこの世に無いものになってしまった。その娘はもう二十年も昔から、存命えていることやら死・・・ 幸田露伴 「太郎坊」
・・・けをして寝たり、どのうちへも大てい一ぱい避難者が来て火事場におとらずごたごたする中で、一日二日の夜は、ばく弾をもった或暴徒がおそって来るとか、どこどこの囚人が何千人にげこんで来たというような、根もない流言によって、一部の人々は非常におびえさ・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・由井正雪の残党が放火したのだという流言が行なわれたのももっともな次第である。明和九年の行人坂の火事には南西風に乗じて江戸を縦に焼き抜くために最好適地と考えられる目黒の一地点に乞食坊主の真秀が放火したのである。しかし、それはもちろんだれが計画・・・ 寺田寅彦 「函館の大火について」
・・・ 流言蜚語の伝播の状況には、前記の燃焼の伝播の状況と、形式の上から見て幾分か類似した点がある。 最初の火花に相当する流言の「源」がなければ、流言蜚語は成立しない事は勿論であるが、もしもそれを次へ次へと受け次ぎ取り次ぐべき媒質が存在し・・・ 寺田寅彦 「流言蜚語」
・・・島田から達ちゃんにでも広島まで出てもらって、一緒に面会して品物も渡してもらったら、伝言も出来て、いいと思うけれども、それを頼んではあんまり勝手でしょうか。明日は寿江子がお目にかかれるだろうから、そちらの御意見を伺って、てっちゃんの都合がつく・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・使者 ヘンリー四世の使者として王の御伝言を申し□(ます。 「わしは今度の出来事によって両親から授かったより以上に種々の智恵をましたのを喜ぶ。カノサの十二月は、雪のつめたさに肌をさされながら働かねばならぬ貧しい民の苦労を始めて教え・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
・・・ 或日の午後、オートバイでK男が来て、今晩、是非二人で来いと、伝言を齎した。 勿論、前の続きであるとは推察される。母はきっと、二人を並べて、もう一度、みっしり自分の考を明にされたいのだろう。物事を、或時、ぼんやりさせて置けない彼女の・・・ 宮本百合子 「二つの家を繋ぐ回想」
・・・ 藍子は、女の様子や伝言をつたえた。藍子は、「結局私の行った心持なんか通じなかったらしい――女は女を当にする気のないもんですね」と苦笑した。「それに、あの万年筆のありかが判りましたよ。あの人があずかっているそうじゃありません・・・ 宮本百合子 「帆」
・・・「流言蜚語の取締り」は恐ろしく綿密であった。流言蜚語は、事実にないことを流布する一つの場合に当嵌められた言い方である。けれども、当時の日本の流言蜚語はその内容が違っていた。社会に対する正当の批評、希望もそれは取締られる「流言蜚語」の中に・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
出典:青空文庫