・・・万事に叶う DS ならば、安助の科に堕せざるようには、何とて造らざるぞ。科に落つるをままに任せ置たるは、頗る天魔を造りたるものなり。無用の天狗を造り、邪魔を為さするは、何と云う事ぞ。されど「じゃぼ」と云う天狗、もとよりこの世になしと云うべか・・・ 芥川竜之介 「るしへる」
・・・ かかる夜を伽する身の、何とて二人の眠らるべき。此方もただ眠りたるまねするを、今は心安しとてやミリヤアドのやや時すぐれば、ソト顔を出だして、あたりをば見まわしつつ、いねがてに明を待つ優しき心づかい知りたれば、その夜もわざと眠るまねして、・・・ 泉鏡花 「誓之巻」
・・・お母さんはただただ御自分の悪い様にばかりとっているけれど、お母さんとて精神はただ民子のため政夫のためと一筋に思ってくれた事ですから、よしそれが思う様にならなかったとて、民子や私等が何とてお母さんを恨みましょう。お母さんの精神はどこまでも情心・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・ 九日、市中を散歩して此地には居るまじきはずの男に行き逢いたり。何とて父母を捨て流浪せりやと問えば、情婦のためなりと答う。帰後独坐感慨これを久うす。 十日、東京に帰らんと欲すること急なり。されど船にて直航せんには嚢中足らずして興薄く・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
・・・この最中に何とて人に逢う暇が……」 一たびは言い放して見たが、思い直せば夫や聟の身の上も気にかかるのでふたたび言葉を更めて、「さばれ、否、呼び入れよ。すこしく問おうこともあれば」 畏まって下男は起って行くと、入り代って入って来た・・・ 山田美妙 「武蔵野」
出典:青空文庫