・・・(巻初に記して一粲に供した俗謡には、二三行、…………………………………… 脱落があるらしい、お米が口誦を憚「いやですわね、おじさん、蝶々や、蜻蛉は、あれは衣服を着ているでしょうか。――人目しのぶと思えども・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・が、権威的の学術書なら別段不思議はないが、或る時俗謡か何かの咄が出た時、書庫から『魯文珍報』や『親釜集』の合本を出して見せた。『魯文珍報』は黎明期の雑誌文学中、較や特色があるからマダシモだが、『親釜集』が保存されてるに到っては驚いてしまった・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・という俗謡が流行った。電灯が試験的に点火されても一時間に十度も二十度も消えて実地の役に立つものとは誰も思わなかった。電話というものは唯実験室内にのみ研究されていた。東海道の鉄道さえが未だ出来上らないで、鉄道反対の気焔が到る処の地方に盛んであ・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・という俗謡を長く引いてちょうど僕らが立っている橋の少し手前まで流して来たその俗謡の意と悲壮な声とがどんなに僕の情を動かしたろう。二十四、五かと思われる屈強な壮漢が手綱を牽いて僕らの方を見向きもしないで通ってゆくのを僕はじっとみつめていた。夕・・・ 国木田独歩 「忘れえぬ人々」
・・・ 友だちといっしょに酒を飲んだりする時には、どうかすると元気がよくて、いつになく高談放語したり、郷里の昔の武士の歌った俗謡をどなったりする事もあったそうであるが、これはどうもやはり亮のおもな本性ではなかったように私には思われる。ただもう・・・ 寺田寅彦 「亮の追憶」
・・・江戸時代からの俗謡にも「夕暮に眺め見渡す隅田川……。」というのがあったではないか。 永井荷風 「水のながれ」
・・・これは畢竟枯荻落雁の画趣を取って俗謡に移し入れたもので、寺門静軒が『江頭百詠』の中に漁舟丿影西東 〔漁舟丿して影西東白葦黄茅画軸中 白葦黄茅 画軸の中忽地何人加二点筆一 忽地として何人か点筆を加え一縄寒雁下二・・・ 永井荷風 「向嶋」
・・・遠くの方で――それでも城の内でかすかに俗謡をうたって居る声と笛の音がする。王の声と様子は段々重くなやまし気になり時に吹く風に歌の声と笛の音は折々とぎれてはまた続く。燈火が大変弱い光線になって三つのまどからどっかによどみのある青白・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
・・・そこに渦巻き展開される色彩のつよい労働、河の面を風にのって流れる荒っぽい、だが声量の豊かな俗謡。目的は何であるにせよ、たといそれが浪費であるにせよ、そこにはゴーリキイをよろこばせ、自身の生命の力をも鮮やかに感覚させる、むき出しな人間の肉体の・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
出典:青空文庫