・・・私は今の、此の、現世の喜びだけを信じる。次の世の審判など、私は少しも怖れていない。あの人は、私の此の無報酬の、純粋の愛情を、どうして受け取って下さらぬのか。ああ、あの人を殺して下さい。旦那さま。私はあの人の居所を知って居ります。御案内申し上・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・ただ、君を信じる、と言っていた。」「武士だからな。」大隅君は軽く受流した。「それだから、僕だって、わざわざ北京から出かけて来たんだ。そうでもなくっちゃあ、――」言うことが大きい。「何しろ名誉の家だからな。」「名誉の家?」「長女の・・・ 太宰治 「佳日」
信じるより他は無いと思う。私は、馬鹿正直に信じる。ロマンチシズムに拠って、夢の力に拠って、難関を突破しようと気構えている時、よせ、よせ、帯がほどけているじゃないか等と人の悪い忠告は、言うもので無い。信頼して、ついて行くのが・・・ 太宰治 「かすかな声」
・・・私は山岸さんの判定を、素直に全部信じる事が出来なかったのである。「どうかなあ」という疑懼が、心の隅に残っていた。 けれども、あの「死んで下さい」というお便りに接して、胸の障子が一斉にからりと取り払われ、一陣の涼風が颯っと吹き抜ける感じが・・・ 太宰治 「散華」
・・・いまの、この、刹那を信じることできる?」 Kは少女のように無心に笑って、私の顔を覗き込む。「刹那は、誰の罪でもない。誰の責任でもない。それは判っている。」私は、旦那様のようにちゃんと座蒲団に坐って、腕組みしている。「けれども、それは・・・ 太宰治 「秋風記」
・・・そうして、また、これからも、何度も何度も、この道を歩いて、ここのところで豆の葉を毟るのだ、と信じるのである。また、こんなこともある。あるときお湯につかっていて、ふと手を見た。そしたら、これからさき、何年かたって、お湯にはいったとき、この、い・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・事実、名人の卓抜の腕前を持っていたのだが、信じる事が出来ずに狂った。そこには、殿様という隔絶された御身分に依る不幸もあったに違いない。僕たち長屋住居の者であったら、「お前は、おれを偉いと思うか。」「思いません。」「そうか。」・・・ 太宰治 「水仙」
・・・実際科学上の知識を絶対的または究極的なものと信じる立場から見ればこれも当然な事であろう。また応用という点から考えてもそれで十分らしく思われるのである。しかしこの傾向が極端になると、古いものは何物でも無価値と考え、新しきものは無差別に尊重する・・・ 寺田寅彦 「科学上の骨董趣味と温故知新」
・・・しかし以上の考察はこれら因子中の最も重要なるものに関したもので、これからの結論がだいたいにおいて事実とあまりに懸隔したものではないという事も許容されるだろうと信じる。 私はこのような考えを正す目的で、時々最寄りの停留所に立って、懐中時計・・・ 寺田寅彦 「電車の混雑について」
・・・ただし必ずしもこれを信じる必要はない、科学者が個人としてこれ以上の点に立ち入って考える事は少しもさしつかえはないが、ただその人の科学者としての仕事はこれを仮定した上で始まるのである。もっともマッハのごときは感覚以外に実在はないと論じているが・・・ 寺田寅彦 「物理学と感覚」
出典:青空文庫