・・・「我々の運命を定めるものは信仰と境遇と偶然とだけです。トックさんは不幸にも信仰をお持ちにならなかったのです。」「トックはあなたをうらやんでいたでしょう。いや、僕もうらやんでいます。ラップ君などは年も若いし、……」「僕も嘴さえちゃ・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・が、そう云う信仰の中にも、この国に住んでいる我々の力は、朧げながら感じられる筈です。あなたはそう思いませんか?」 オルガンティノは茫然と、老人の顔を眺め返した。この国の歴史に疎い彼には、折角の相手の雄弁も、半分はわからずにしまったのだっ・・・ 芥川竜之介 「神神の微笑」
・・・道士は凡ての反感に打克つだけの熱意を以て語ろうとしたが、それには未だ少し信仰が足りないように見えた。クララは顔を上げ得なかった。 そこにフランシスがこれも裸形のままで這入って来てレオに代って講壇に登った。クララはなお顔を得上げなかった。・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・ すべての迷信は信仰以上に執着性を有するものであるとおり、この迷信も群集心理の機微に触れている。すべての時代を通じて、人はこの迷信によってわずかに二つの道というディレンマを忘れることができた。そして人の世は無事泰平で今日までも続き来たっ・・・ 有島武郎 「二つの道」
・・・信に執えられた僕であれば、もとよりあるいは玄妙なる哲学的見地に立って、そこに立命の基礎を作り、またあるいは深奥なる宗教的見地に居って、そこに安心の臍を定めるという世にいわゆる学者、宗教家達とは自らその信仰状態を異にする気の毒さはいう迄もない・・・ 泉鏡花 「おばけずきのいわれ少々と処女作」
・・・「切迫詰って、いざ、と首の座に押直る時には、たとい場処が離れていても、きっと貴女の姿が来て、私を助けてくれるッて事を、堅くね、心の底に、確に信仰していたんだね。 まあ、お民さん許で夜更しして、じゃ、おやすみってお宅を出る。遅い時は寝・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・の湯は美食が唯一の目的ではないは誰れも承知して居よう、人間動作の趣味や案内の装飾器物の配列や、応対話談の興味や、薫香の趣味声音の趣味相俟って、品格ある娯楽の間自然的に偉大な感化を得るのであろう加うるに信仰の力と習慣の力と之を助けて居るから、・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・今一度お目に掛って信仰上のお話など伺いたく云々とあったに動かされてきたと云ってもよい位だ。其に来て見れば、お繁さんが居ないのだから……。お繁さんは結婚したのだろう、どんな人と結婚したか。お繁さんに不足のない様な人は無造作にはあるまい。岡村に・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・ 淡島堂のお堂守となったはこれから数年後であるが、一夜道心の俄坊主が殊勝な顔をして、ムニャムニャとお経を誦んでお蝋を上げたは山門に住んだと同じ心の洒落から思立ったので、信仰が今日よりも一層堕落していた明治の初年の宗教破壊気分を想像される・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ 二葉亭の頭は根が治国平天下の治者思想で叩き上げられ、一度は軍人をも志願した位だから、ヒューマニチーの福音を説きつつもなお権力の信仰を把持して、“Might is right”の信条を忘れなかった。貴族や富豪に虐げられる下層階級者に同情・・・ 内田魯庵 「二葉亭追録」
出典:青空文庫