・・・とは漠然とながら思っていたが、しかしその新らしい輸入物に対しては「一時の借物」という感じがついて廻った。 そんならどうすればいいか? その問題をまじめに考えるには、いろいろの意味から私の素養が足らなかった。のみならず、詩作その事に対する・・・ 石川啄木 「弓町より」
・・・みんな他人の借り物だ。どんなにぼろぼろでも自分専用の楯があったら」「あります」私は思わず口をはさんだ。「イミテエション!」「そうだ。佐野次郎にしちゃ大出来だ。一世一代だぞ、これあ。太宰さん。附け鬚模様の銀鍍金の楯があなたによく似合う・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・そうかと云って本当に偉大なものが全くの借り物であるという事もありようはない。それで何でも人からくれるものが善いものであれば何もおせっかいな詮議などはしないで単純にそれを貰って、直接くれたその人に御礼を云うのが、通例最も賢い人であり、いつでも・・・ 寺田寅彦 「浅草紙」
・・・死んだ借り物の知識のこせこせとした羅列に優る事どれだけだか分らない。そして更に生徒を相手にし助手にして、生徒から材料を集めさせたりして研究をすすめればよい。 間違いを教えたとしてもそれはそれほど恥ずべき事ではない。また生徒の害にもならな・・・ 寺田寅彦 「雑感」
・・・ 見ているうちに私はこの雑多な品物のほとんど大部分が皆貰いものや借り物である事に気が付いた。自分の手で作るか、自分の労力の正当な報酬として得たもののあまりに少ないのに驚いた。これだけの負債を弁済する事が生涯に出来るかどうか疑わしい。しか・・・ 寺田寅彦 「厄年と etc.」
・・・すべてが借り物になって魂の宿る余地がなくなるばかりです。私は芸術家というほどのものでもないが、まあ文学上の述作をやっているから、やはりこの種類に属する人間と云って差支ないでしょう。しかも何か書いて生活費を取って食っているのです。手短かに云え・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・ところが細君は恐悦の余り、夜会の当夜、踊ったり跳ねたり、飛んだり、笑ったり、したあげくの果、とうとう貴重な借物をどこかへ振り落してしまいました。両人は蒼くなって、あまり跳ね過ぎたなと勘づいたが、これより以後跳方を倹約しても金剛石が出る訳でも・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・落ちていた大切な借り物の黄色い本でゴーリキイの肩をどやしつけ、飯の時は家じゅうが、主人迄も、読書の有害無益と危険とを説教した。「鉄道を破壊したり、人殺しを企てたりするのも本を読んだ男だ」 こういう家の大人共の態度によって、ゴーリキイ・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・一切の借り物を捨て、自分の直視にのみ即して考えてみるべきであった。――こう考えている内に、彼の感想の内から二つの語が自分の批評の証明として心に浮かんだ。彼は「徹底」について語りながら言う、徹底を言う人が案外に徹底していない、言わぬ人にかえっ・・・ 和辻哲郎 「転向」
出典:青空文庫