・・・が、日本の洋楽が椿岳や彦太楼尾張屋の楼主から開拓されたというは明治の音楽史研究者の余り知らない頗る変梃 椿岳は諸芸に通じ、蹴鞠の免状までも取った多芸者であった。お玉ヶ池に住んでいた頃、或人が不斗尋ねると、都々逸端唄から甚句カッポレのチリ・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・喜美子はうれしさに胸が温まって、暫らく口も利けず、じっと妹の顔を見つめていたが、やがて、いきなり妹の手を卒業免状と一緒に強く握りしめた、その姉の手の熱さに、道子はどきんとした。「あら、お姉さまの手、とっても熱い。熱があるみたい……」・・・ 織田作之助 「旅への誘い」
・・・かねがね八卦には趣味をもっていたが、まさか本業にしようとは思いも掛けて居らず、講習所で免状を貰い、はじめて町へ出る晩はさすがに印刷機械の油のにおいを想った。道行く人の顔がはっきり見えぬほど恥しかったが、それでも下宿で寝ている照枝のことを想う・・・ 織田作之助 「雪の夜」
・・・従って中等学校では生徒がある特殊な専門に入るだけの素養が出来次第その学科に対するだけの免状をやる事にすればいい。前に中学卒業試験全廃を唱えたのは、つまりこうして高等教育の関門を打破する意味と思われる。尤も彼も全然あらゆる能力験定をやめるとい・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・場合によってはむしろ反対にその専門中のある専門以外のことは何も知らないという免状になることすら可能なのである。 学位に関するあらゆる不祥事を無くする唯一の方法は、惜しまず遠慮なく学位を授与することである。一日何人以上はいけないなどという・・・ 寺田寅彦 「学位について」
・・・それからもう一枚哲学部長の署名のあるこれもラテン語の入学免状を貰った。 式の前であったか後であったか忘れたが、大学の玄関をはいって右側の事務室でいろいろの入学手続をすませた。東京帝国大学の卒業証書も検閲のために差出したが、この日本文は事・・・ 寺田寅彦 「ベルリン大学(1909-1910)」
・・・それで免状をもらって、連隊へ帰って来ると、連隊の方でも不思議に思って、そんな箆棒な話がある訳のもんじゃねえ、きっと何かの間違だろうッてんで向へ聴合せたんだ。すると教官の方から疑わしいと思うなら、試してくれろっていう返辞なので、連れてって遣し・・・ 徳田秋声 「躯」
・・・この間にわたくしは西洋に移り住もうと思立って、一たびは旅行免状をも受取り、汽船会社へも乗込の申込までしたことがあった。その頃は欧洲行の乗客が多いために三カ月位前から船室を取る申込をして置かねばならなかったのだ。わたくしは果してよくケーベル先・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・何んだか、そろそろおかしな話になって来たが、とにかく、お前が病気をしたお蔭で、俺ももう看護婦の免状位は貰えそうになって来たし、不幸ということがすっかり分らなくなって来たし、こんな有り難いことはそうやたらにあるもんじゃない。お前も、ゆっくり寝・・・ 横光利一 「花園の思想」
出典:青空文庫