・・・めいめいの画家の好む顔の線がそのままに袖のふくらみの線に再現されているのを見いだしてひとりでうなずかれる場合がかなりにある。この現象は古い時代のものほどに著しいような気がする。ただ写楽の人物の顔の輪郭だけは、よほど写実的に進歩した複雑さを示・・・ 寺田寅彦 「浮世絵の曲線」
・・・そうしてカメラの対物鏡は観客の目の代理者となって自由自在に空間中を移動し、任意な距離から任意な視角で、なおその上に任意な視野の広さの制限を加えて対象を観察しこれを再現する。従って観客はもはや傍観者ではなくてみずからその場面の中に侵入し没入し・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・蝗の羽音がどれだけ忠実に再現されているかは明らかでないがともかくも不思議な音である。聞いたことのないものには想像することのできない音である。いくらか似た音を求めれば、製材所の丸鋸で材木を引き割るあの音ぐらいなものであろう。先年小田原の浜べで・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・科学の価値と同じく文学の価値もまたこの記録の再現性にかかっていることはいうまでもない。 それのみではない。科学が未知の事象を予報すると同様に、文学は未来の新しい人間現象を予想することも可能である。 想像力の強い昔の作者の予想した物質・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・ある母音や子音は明瞭に出ても、たとえばSの音などはどうしても再現ができなかったそうである。その後にサムナー・テーンターやグラハム・ベルらの研究によって錫箔の代わりに蝋管を使うようになり、さらにベルリナーの発明などがあって今日のグラモフォーン・・・ 寺田寅彦 「蓄音機」
・・・そのかわりにそのカメラの視野内に起こった限りの現象は必然的なものも偶然的なものも委細かまわず細大もらさず記録され再現されるのである。たとえば幕が落ちる途中でちょっと一時何かに引っかかったが、すぐに自然にはずれて首尾よく落ちる、その時の幕の形・・・ 寺田寅彦 「ニュース映画と新聞記事」
・・・今まではなるべくなら避けたく思った統計的不定の渾沌の闇の中に、統計的にのみ再現的な事実と方則とを求めるように余儀なくされたのである。しかもそういう場合の問題の解析に必要な利器はまだきわめて不備であって、まさにこれから始めて製造に取りかかるべ・・・ 寺田寅彦 「量的と質的と統計的と」
・・・洋行中仏蘭西のフレデリック・ミストラル、白耳義のジョルヂ・エックー等の著作をよんで郷土芸術の意義ある事を教えられていたので、この筆法に倣ってわたくしはその生れたる過去の東京を再現させようと思って、人物と背景とを隅田川の両岸に配置したのである・・・ 永井荷風 「正宗谷崎両氏の批評に答う」
・・・昔から云い伝えている孝子とか貞女とか称するものが、そっくりそのままの姿で再現できるという信念が強くて、批判的にこれらの模範を視る精神に乏しかったと云うのがおもなる原因でありましょう。一口に云えば科学と云うものがあまり開けなかったからと云って・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・私の生きた知覚は、既に十数年を経た今日でさえも、なおその恐ろしい印象を再現して、まざまざとすぐ眼の前に、はっきり見ることができるのである。 人は私の物語を冷笑して、詩人の病的な錯覚であり、愚にもつかない妄想の幻影だと言う。だが私は、たし・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
出典:青空文庫