・・・ 父は田崎が揃えて出す足駄をはき、車夫喜助の差翳す唐傘を取り、勝手口の外、井戸端の傍なる小屋を巡見にと出掛ける。「母さん。私も行きたい。」「風邪引くといけません。およしなさい。」 折から、裏門のくぐりを開けて、「どうも、わり・・・ 永井荷風 「狐」
・・・それらの事は友人にでも託すればよいという人もあろうが、一生還って来ないつもりで出掛けるのに迷惑と面倒とを人にかけるのは心やましいわけである。出発の間際に起る繁雑な事情とその予想とがいつも実行を妨げてしまうのであった。人間も渡鳥のように、時節・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・しい婦人に逢った事とその婦人が我々の知らない事やとうてい読めない字句をすらすら読んだ事などを不思議そうに話し出すと、主人は大に軽蔑した口調で「そりゃ当り前でさあ、皆んなあすこへ行く時にゃ案内記を読んで出掛けるんでさあ、そのくらいの事を知って・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・それで人々が争うて土筆を取りに出掛けるので郊外一、二里の所には土筆は余り沢山みつからない。ところが東京の近辺ではこれを採るものが極めて少ないためでもあるか、赤羽の土手には十間ほどの間にとても採り尽せないほどの土筆が林立して居ったそうな。妹が・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・気の合った友達と二人三人ずつ向うの隙き次第出掛けるだろう。僕の通って来たのはベーリング海峡から太平洋を渡って北海道へかかったんだ。どうしてどうして途中のひどいこと前に高いとこをぐんぐんかけたどこじゃない、南の方から来てぶっつかるやつはあるし・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・ それかと云って、厚着をして不形恰に着ぶくれた胴の上に青い小さな顔が乗って居る此の変な様子で人の集まる処へ出掛ける気もしない。「なり」振りにかまわないとは云うもののやっぱり「女」に違いないとつくづく思われる。 こないだっから仕掛・・・ 宮本百合子 「秋風」
・・・それを、帰って来た時に渡して呉れるのですが、あちらでは、約束をして置かないで人を訪問するのは、留守へ出掛けるものと定めて置いてよい位、誰でも、接客日でない日には、のらくら家で時間を潰してはいないものです。たとい在宅であっても、きっとなりふり・・・ 宮本百合子 「男女交際より家庭生活へ」
・・・ どうかすると二人で朝早くから出掛けることがある。最初に出て行った跡で、久右衛門の女房が近所のものに話したと云う詞が偶然伝えられた。「あれは菩提所の松泉寺へ往きなすったのでございます。息子さんが生きていなさると、今年三十九になりなさるの・・・ 森鴎外 「じいさんばあさん」
・・・さすがの石田も湯帷子に着更えてぶらぶらと出掛ける。初のうちは小倉の町を知ろうと思って、ぐるぐる廻った。南の方は馬借から北方の果まで、北方には特科隊が置いてあるので、好く知っている。そこで東の方へ、舟を砂の上に引き上げてある長浜の漁師村のはず・・・ 森鴎外 「鶏」
・・・ところが聞いてみると寺田さんの方でも松根氏との約束を延ばし延ばししている内についこんな日に出掛けることになったのだそうである。しかもその朝東京から出掛けて来た自分たちと軽井沢に逗留していられる寺田さんたちとが、こうして同じ電車に落ち合ったの・・・ 和辻哲郎 「寺田さんに最後に逢った時」
出典:青空文庫