・・・――千枝子はそれを出迎えるために、朝から家を出て行ったが、君も知っている通り、あの界隈は場所がらだけに、昼でも滅多に人通りがない。その淋しい路ばたに、風車売りの荷が一台、忘れられたように置いてあった。ちょうど風の強い曇天だったから、荷に挿し・・・ 芥川竜之介 「妙な話」
・・・とお光は急いで店先へ出迎える。 媼さんはニコニコしながら、「とうとうお邪魔に出ましたよ。不断は御無沙汰ばかりしているくせに、自分の用があると早速こうしてねえ、本当に何という身勝手でしょう」「まあこちらへお上んなさいよ、そこじゃ御挨拶・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・やっと車の音が玄関へ飛び込んで来ると思うと番頭や女中の出迎える物音がしてそうして急に世の中が賑やかに明るくなった。「ほう、まだ起きていたのか」と云ってびっくりしたような顔をして見せるのであったが、その顔に何となしに寄る年の疲れが見えて鬚の毛・・・ 寺田寅彦 「追憶の冬夜」
・・・ 誰も出迎える者がないので、真直ぐに歩いて、つき当って、右へ行こうか左へ行こうかと考えていると、やっとのことで、給仕らしい男のうろついているのに、出合った。「きのう電話で頼んでおいたのだがね」「は。お二人さんですか。どうぞお二階・・・ 森鴎外 「普請中」
出典:青空文庫