・・・しかし比率を半分に切り下げても、研究の数が四倍になれば、博士及第者の数は二倍になるのは明白な勘定であろう。 こういう風に考えてみると、博士濫造の呼び声の高くなるのは畢竟学術研究者の総数の増加したことを意味し、従って我国における学術研究熱・・・ 寺田寅彦 「学位について」
・・・髪を切り下げにした隠居風の老婆が逸早く叫んだ。 けれども車掌は片隅から一人々々に切符を切て行く忙しさ。「往復で御在いますか。十銭銀貨で一銭のお釣で御在います。お乗換は御在いませんか。」「乗換ですよ。ちょいと。」本所行の老婆は首でも絞・・・ 永井荷風 「深川の唄」
・・・ その頃大変流行った、前髪を切下げた束髪にして、真赤な珊瑚の大きな簪を差した友子さんは、紅をつけた唇を曲げながら、「貴女はどうお思いになって?」と、政子さんの返事を求めました。 子供の時から、姉妹のように暮している政子さんと・・・ 宮本百合子 「いとこ同志」
・・・ 仙二ははじかれた様に振りっかえった。 切り下げの白っぽい着物の上に重味のありそうな羽織を着た年寄りのわきにぴったりとついて長い袂の大きな蝶の飛んで居る着物にまっ赤な帯を小さく結んで雪踏の音を川の流れと交って響かせて行く若い女の様子・・・ 宮本百合子 「グースベリーの熟れる頃」
・・・ 現在では、そういう指導的な方向が表面から隠されてしまわなければならない程社会の事情一般が切迫して来ており、知識人は全く大衆の蒙っていると同一の重荷で経済的にも文化的にも生活を切下げられている。手近な例として、今日の複雑な時局について、・・・ 宮本百合子 「全体主義への吟味」
・・・この時間中だけ、平常妙に表面的に、形式的に扱われている人間と云うものが、真個に生き、意慾し、活動する生存とし、左右から見られ、切り下げられ、探究されるよろこばしさは、例えるに物がなかった。 心理学と云う学問そのものが珍しかったことは争え・・・ 宮本百合子 「弟子の心」
・・・口に云われない安心が切り下げの祖母の姿と、さっぱりときれいなあたりの様子から湧き出て私の心に入って行った。 私は何の不幸も知らない、世の中はいつでも親切なつもりの言葉は、親切な様に、情深い話はその様にばかり聞かれるものの様な気がして居る・・・ 宮本百合子 「農村」
いつでも黒い被衣を着て切下げて居た祖母と京都に行って居たのは丁度六月末池の水草に白い豆の様な花のポツリポツリと見え始める頃から紫陽花のあせる頃までで私にはかなり長い旅であった。祖母の弟の家にやっかいになって居てすっかり京都・・・ 宮本百合子 「ひな勇はん」
・・・組織活動と創作活動との統一の問題も紙数がたりなかったためか、その問題の提起者であり解決者であるサークル活動の具体性、サークル活動は何を作家に与えるかという実際問題まで切り下げていない。亀井は書いている。「われわれは政治理論の究明やブルジョア・・・ 宮本百合子 「文学に関する感想」
・・・賃銀が下がる一方であった。賃銀切下げは親方の勝手な才量で行われた。キリスト教とトルストイとは悪に報ゆるに悪をもってするなと云う。禁酒会員であるシャポワロフは、この教義と一日一ルーブルの稼ぎで、母、妹、二人の弟を養わねばならない現実生活が彼の・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
出典:青空文庫