・・・この点だけ切り離して云えば、現在の文壇で幾人も久米の右へ出るものはないでしょう。 勿論田舎者らしい所にも、善い点がないと云うのではありません。いや、寧ろ久米のフォルトたる一面は、そこにあるとさえ云われるでしょう。素朴な抒情味などは、完く・・・ 芥川竜之介 「久米正雄氏の事」
・・・ 渋色の逞しき手に、赤錆ついた大出刃を不器用に引握って、裸体の婦の胴中を切放して燻したような、赤肉と黒の皮と、ずたずたに、血筋を縢った中に、骨の薄く見える、やがて一抱もあろう……頭と尾ごと、丸漬にした膃肭臍を三頭。縦に、横に、仰向けに、・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・ まことにこの出口王仁三郎という人の生涯と、そのおびただしい予言とは、切り離して考えられぬ位である。ところが、いかに稀代の予言狂とはいえ獄中にあっては、予言癖を発揮する自由がなくなってしまって淋しいことであろうと思っていたら、さすがに雀・・・ 織田作之助 「終戦前後」
・・・ ○ 文学のことは年齢によってのみはかることは出来ないが、しかし、文学がその作家の置かれた環境と切り離して考えられない関係がある限り、環境は時間によって変化するので年齢はその作家の人間にも、またその作家の作り出す文学にも変・・・ 黒島伝治 「短命長命」
・・・しかしこれを経験した私にとっては、どうしてもこれを二つの別々の経験に切り離して考える事が困難に思われる。切り離すと、もうそれは自分の活きた経験でなくなって、まるで影の薄い抽象的な「誰でも」の知識になってしまう。 吾々は学問というものの方・・・ 寺田寅彦 「ある日の経験」
・・・しかもそれらの問題は必ずしも映画芸術上の問題と切り離して考えることができないものである。しかしこれらの重要な点にもここでは立ち入るべき余裕もなく、またそれはおそらく自分の任でもないから、全然省略して触れないことにする。これは遺憾ながらやむを・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・を作っているが、これを間断なく見守っていない他人に向かって子供の時の顔と今の顔とを切り離して見せてそれが同人だという事を科学的理論的に証明しようとしたらずいぶん困難な事だろう。何十年来一つ家に暮らした親にでも、自分がある夜中に突然入れ換わっ・・・ 寺田寅彦 「自画像」
・・・これらの概念と定義とが方則の云い表わしと切り離し難きはこのためなり。物理的自然現象を限定すべき条件等がすべてこれらの有限なる独立変数にて代表され得るや否やは別問題として、現在の物理学的科学の程度において、従来の方法によりて予報をなし得る範囲・・・ 寺田寅彦 「自然現象の予報」
・・・よく考えてみるとそんなに切り離して存在するものとは思われない。つまりは遠い昔から近い過去までのあらゆる出来事にそれぞれの係数を乗じて積分した総和が眼前に現われているに過ぎないのではあるまいか。 こんな事を考えたりしながら、もう聞き古した・・・ 寺田寅彦 「小さな出来事」
・・・この両者は実は合して一つの有機体を構成しているのであって究極的には独立に切り離して考えることのできないものである。人類もあらゆる植物や動物と同様に長い長い歳月の間に自然のふところにはぐくまれてその環境に適応するように育て上げられて来たもので・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
出典:青空文庫