・・・忘却したら、あなたに与えられる刑罰は、恐しすぎて口に出して言う事さえ出来ないほどのものです。お帰りなさい。あなたは、神の試験には見事に及第なさいました。人間は一生、人間の愛憎の中で苦しまなければならぬものです。のがれ出る事は出来ません。忍ん・・・ 太宰治 「竹青」
・・・蛇よ、蝮の裔よ、なんぢら争でゲヘナの刑罰を避け得んや。 L君、わるいけれども、今月は、君にむかってものを言うようになりそうだ。君は、いま、学者なんだってね。ずいぶん勉強したんだろう。大学時代は、あまり「でき」なかったようだが、や・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・なんといういんけんな刑罰であろう。 満月の宵。光っては崩れ、うねっては崩れ、逆巻き、のた打つ浪のなかで互いに離れまいとつないだ手を苦しまぎれに俺が故意と振り切ったとき女は忽ち浪に呑まれて、たかく名を呼んだ。俺の名ではなかった。・・・ 太宰治 「葉」
・・・泥酔して寝ると、いつもきまって夜中に覚醒し、このようなやりきれない刑罰の二、三時間を神から与えられるのが、私のこれまでの、ならわしになっているのだ。「すこしでも、眠らないと、わるいわよ。」 まぎれもなく、あの女中の声である。しかし、・・・ 太宰治 「母」
・・・ そういう恐ろしい刑罰の危険を冒して彼女らを「テガイニイク」という冒険には相当な誘惑を感じる若者も多かったであろうが、中にはわざわざ彼女達につかまって田の泥を塗られることの快感を享楽するために出かける人もあるという話を聞いたことがあった・・・ 寺田寅彦 「五月の唯物観」
・・・『西遊記』の怪物孫悟空が刑罰のために銅や鉄のようなものばかり食わされたというお伽話はあるが、動物が金属を主要な栄養品として摂取するのははなはだ珍しいといわなければなるまい。もっとも、人間にでもきわめて微量な金属が非常に必要なものであると・・・ 寺田寅彦 「鉛をかじる虫」
・・・であると同時に、またしばしば刑罰の鞭をふるってわれわれのとかく遊惰に流れやすい心を引き緊める「厳父」としての役割をも勤めるのである。厳父の厳と慈母の慈との配合よろしきを得た国がらにのみ人間の最高文化が発達する見込みがあるであろう。 地殻・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・一つの行為に対する法的処罰が、道義上の判断と評価とに一致しなければ一致しないほど、刑罰の非人道性が露出されるばかりである。罰せられたる幾人をもたらしたのは、治安維持法であったことを人々が忘れることは無いのである。〔一九四六年三月〕・・・ 宮本百合子 「石を投ぐるもの」
・・・追いつかわれて来た働く人々の間からは、スパイ制度と憲兵の活動によって、労働者階級として読むべき政治的な書物は根こそぎ奪われていたし、働く人々の日常からの判断としておこる当然の戦争に対する疑問や批判も、刑罰をもって監視されて来た。 したが・・・ 宮本百合子 「五〇年代の文学とそこにある問題」
・・・で第一、警察官の民主化の実行、第二、地方刑罰条例の濫発への警告――売春等取締条例・公安条例など「国会で決定せず、地方自治体できめしかもムヤミにつくりたがる傾向」を批判していた。一九四八年に人権擁護委員会が置かれてから取扱った件数八八一七件。・・・ 宮本百合子 「修身」
出典:青空文庫