・・・先生ではあるが、多勢の聴講者の中に交ってたッた二、三回しか講義を聞いただけの頗る薄い関係であるし、平生先生呼ばわりをされる事が嫌いな人だから一度も先生といった事はないけれども、たしかに明治二十二年頃の初対面以後今日まで始終往来して少からずお・・・ 内田魯庵 「明治の文学の開拓者」
・・・ 翁は漢学者に似気ない開けた人で、才能を認めると年齢を忘れて少しも先輩ぶらずに対等に遇したから、さらぬだに初対面の無礼を悔いていたから早速寒月と同道して露伴を訪問した。老人、君の如き異才を見るの明がなくして意外の失礼をしたと心から深く詫・・・ 内田魯庵 「露伴の出世咄」
・・・はっと緊張し、「よう来てくれはりました」初対面の挨拶代りにそう言った。連れて来た女の子は柳吉の娘だった。ことし四月から女学校に上っていて、セーラー服を着ていた。頭を撫でると、顔をしかめた。 一時間ほどして帰って行った。夫に内緒で来たと言・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・ その奇異な初対面の夜から、私達は毎日訪ね合ったり、一緒に散歩したりするようになりました。月が欠けるに随って、K君もあんな夜更けに海へ出ることはなくなりました。 ある朝、私は日の出を見に海辺に立っていたことがありました。そのときK君・・・ 梶井基次郎 「Kの昇天」
・・・言葉使いがはきはきしていた。初対面の時、じいさんとばあさんとは、相手の七むずかしい口上に、どう応酬していゝか途方に暮れ、たゞ「ヘエ/\」と頭ばかり下げていた。それ以来両人は大佐を鬼門のように恐れていた。 またしても、むずかしい挨拶をさせ・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・妻が初対面の挨拶をしたら、頭をもたげるようにして、うなずいて見せた。私が園子を抱えて、園子の小さい手を母の痩せた手のひらに押しつけてやったら、母は指を震わせながら握りしめた。枕頭にいた五所川原の叔母は、微笑みながら涙を拭いていた。 病室・・・ 太宰治 「故郷」
・・・「木村武雄という者ですが。」私は、やぶれかぶれに早口で言って、「お願いがあって、やって来たんですけど。」「おゆるし下さい。」意外の返事であった。「初対面のおかたとは、お逢いするのが苦しいのです。」「何を言ってやがる。相変らず鼻持ちな・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・一人は、W君といって、初対面の人である。いやいや、初対面では無い。お互い、十歳のころに一度、顔を見合せて、話もせず、それっきり二十年間、わかれていたのである。一つきほどまえから、私のところへ、ちょいちょい日刊工業新聞という、私などとは、とて・・・ 太宰治 「酒ぎらい」
・・・私は、T君の両親とは初対面である。まだはっきり親戚になったわけでもなし、社交下手の私は、ろくに挨拶もしなかった。軽く目礼しただけで、「どうだ、落ちついているか?」と妹のほうに話しかけた。「なんでもないさ」妹は、陽気に笑って見せた。・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・佐野君は、自分の、指さした右手の処置に、少し困った。初対面の令嬢の脚を、指さしたり等して、失礼であった、と後悔した。「だめですよ、そんな、――」と意味のはっきりしない言葉を、非難の口調で呟いて、颯っと令嬢の傍をすり抜けて、後を振り向かず、い・・・ 太宰治 「令嬢アユ」
出典:青空文庫