・・・さっと一汐、田越川へ上げて来ると、じゅうと水が染みて、その破れ目にぶつぶつ泡立って、やがて、満々と水を湛える。 汐が入ると、さて、さすがに濡れずには越せないから、此処にも一つ、――以前の橋とは間十間とは隔たらぬに、また橋を渡してある。こ・・・ 泉鏡花 「海の使者」
・・・みんなは、たまげた顔つきをして、足もとを見つめていますと、その割れ目は、ますます深く、暗く、見るまに口が大きくなりました。「あれ!」と、沖の方に残されていた、三人のものは声をあげましたが、もはやおよびもつかなかったのです。その割れ目は、・・・ 小川未明 「黒い人と赤いそり」
・・・カンテラが、洞窟の土の上や、岩の割れ目に点々と散らばって薄暗く燃えていた。「今頃、しゃばへ出りゃ、お日さんが照ってるんだなア。」声変りがしかけた市三だった。「そうさ。」「この五日の休みは、検査でお流れか。チェッ。」 又、ほか・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・ 市三は、岩の破れ目から水滴が雨だれのようにしたゝっているところを全力で通りぬけた。 あとから女達が闇の中を早足に追いついて来た。暫らく、市三の脇から鉱車を押す手ごをしたが、やがて、左側の支坑へそれてしまった。 竪坑の電球が、茶・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・ 或る朝、運動場の端の方にある焼木の柵の割れ目に、松葉の一本々々を丹念に組合せて作られた「K」と「P」を発見した。俺はその時の喜びを忘れることが出来ない。俺は急に踊るときのような恰好をして――走り出した。看守が高いところから、俺の方を見・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・ 夏の月が、その夜は満月でしたが、その月光が雨戸の破れ目から細い銀線になって四、五本、蚊帳の中にさし込んで来て、夫の痩せたはだかの胸に当っていました。「でも、お痩せになりましたわ。」 私も、笑って、冗談めかしてそう言って、床の上・・・ 太宰治 「おさん」
・・・悪童たちは待ち切れず、その小屋掛けの最中に押しかけて行ってテントの割れ目から小屋の内部を覗いて騒ぐ。私も、はにかみながら悪童たちの後について行って、おっかなびっくりテントの中を覗くのだ。努力して、そんな下品な態度を真似るのである。こら! と・・・ 太宰治 「作家の手帖」
・・・ドクトル、ベエアマンはここで花崗岩の破れ目の出来方について講釈をして聞かせた。 あらかた葉をふるったぶなの森の中を霧にしめった落葉を踏みしめて歩いた。からだの弱そうなフロイラインWは重いリュクサックの紐に両手をかけて俯向きがちに私の前を・・・ 寺田寅彦 「異郷」
・・・大垣米原間の鉄道線路は、この顕著な「地殻の割れ目」を縫うて敷かれてある。 山の南側は、太古の大地変の痕跡を示して、山骨を露出し、急峻な姿をしているのであるが、大垣から見れば、それほど突兀たる姿をしていないだろうという事は、たとえば陸地測・・・ 寺田寅彦 「伊吹山の句について」
・・・雪原の割れ目などでも、橇で乗り越して行く時にくずれるさまなどから、その割れ目の状況や雪の固まりぐあいなどが如実に看取されるのである。 食糧品を両側に高く積み上げた雪中の廊下の光景などもおもしろい。食糧箱の表面は一面に柔らかい凝霜でおおわ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
出典:青空文庫