・・・れた老大家は疾くからこの問題に手を附けて、色々な矛盾の痛みを局部的の手術で治療しようとして骨折っている間に、この若い無名の学者はスイスの特許局の一隅にかくれて、もっともっと根本的な大手術を考えていた。病の根は電磁気や光よりもっと根本的な時と・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
一 道太が甥の辰之助と、兄の留守宅を出たのは、ちょうどその日の昼少し過ぎであった。彼は兄の病臥している山の事務所を引き揚げて、その時K市のステーションへ著いたばかりであったが、旅行先から急電によって、兄の見舞いに来たので、ほんの・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・公園は之がために年と共に俗了し、今は唯病樹の乱立する間に朽廃した旧時の堂宇と、取残された博覧会の建築物とを見るばかりとなった。わたくしをして言わしむれば、東京市現時の形勢より考えて、上野の公園地は既に狭隘に過ぐる憾がある。現時園内に在る建築・・・ 永井荷風 「上野」
・・・其頃はすべての病が殆ど皆自然療法であった。枳の実で閉塞した鼻孔を穿ったということは其当時では思いつきの軽便な方法であった。果物のうちで不恰好なものといったら凡そ其骨のような枳の如きものはあるまい。其枳の為に救われたということで最初から彼の普・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・「薔薇の香に酔える病を、病と許せるは我ら二人のみ。このカメロットに集まる騎士は、五本の指を五十度繰り返えすとも数えがたきに、一人として北に行かぬランスロットの病を疑わぬはなし。束の間に危うきを貪りて、長き逢う瀬の淵と変らば……」といいながら・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・狐に化かされるという状態は、つまり心理学者のいう三半規管の疾病であるのだろう。なぜなら学者の説によれば、方角を知覚する特殊の機能は、耳の中にある三半規管の作用だと言うことだから。 余事はとにかく、私は道に迷って困惑しながら、当推量で見当・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・ そうなると、子供や臆病な男は夜になるとそこを通らない。 このくらいのことはなんでもない。命をとられるほどのことはないから。 だが、見たため、知ったために命を落とす人が多くある。その一つの話を書いてみましょう。 その学校・・・ 葉山嘉樹 「死屍を食う男」
・・・元来人の子に教を授けて之を完全に養育するは、病人に薬を服用せしめて其薬に適宜の分量あるが如し。既に其分量を誤るときは良薬も却て害を為す可し。左れば父母が其子を養育するに、仮令い教訓の趣意は美なりとするも、女子なるが故にとて特に之を厳にするは・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・曙覧の歌は多くこの頭重脚軽の病あり。宰相君よりたけを賜はらせけるに秋の香をひろげたてつる松のかさいただきまつるもろ手ささげて これも前の歌と同じく下二句軽くして結び得ず。羊腸ありともしらで人のせに負れて秋・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・お前さんも、ことによったら、臆病のためかも知れないよ。」「そうだ。臆病のためだったかも知れないね。じっさい、あの時の、音や光は大へんだったからね。」「そうだろう。やっぱり、臆病のためだろう。ハッハハハハッハ、ハハハハハ。」 稜の・・・ 宮沢賢治 「気のいい火山弾」
出典:青空文庫