・・・のもの語の起った土地は、清きと、美しきと、二筋の大川、市の両端を流れ、真中央に城の天守なお高く聳え、森黒く、濠蒼く、国境の山岳は重畳として、湖を包み、海に沿い、橋と、坂と、辻の柳、甍の浪の町を抱いた、北陸の都である。 一年、激しい旱魃の・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・ 諸君、他日もし北陸に旅行して、ついでありて金沢を過りたまわん時、好事の方々心あらば、通りがかりの市人に就きて、化銀杏の旅店? と問われよ。老となく、少となく、皆直ちに首肯して、その道筋を教え申さむ。すなわち行きて一泊して、就褥の後に御・・・ 泉鏡花 「化銀杏」
・・・じめ、連立って、ここへ庭樹の多い士族町を通る間に――その昔、江戸護持院ヶ原の野仏だった地蔵様が、負われて行こう……と朧夜にニコリと笑って申されたを、通りがかった当藩三百石、究竟の勇士が、そのまま中仙道北陸道を負い通いて帰国した、と言伝えて、・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・ さてこれは小宮山良介という学生が、一夏北陸道を漫遊しました時、越中の国の小川という温泉から湯女の魂を託って、遥々東京まで持って参ったというお話。 越中に泊と云って、家数千軒ばかり、ちょっと繁昌な町があります。伏木から汽船に乗ります・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・安政元年十一月四日五日六日にわたる地震には東海、東山、北陸、山陽、山陰、南海、西海諸道ことごとく震動し、災害地帯はあるいは続きあるいは断えてはまた続いてこれらの諸道に分布し、至るところの沿岸には恐ろしい津波が押し寄せ、震水火による死者三千数・・・ 寺田寅彦 「時事雑感」
・・・あの恐ろしい函館の大火や近くは北陸地方の水害の記憶がまだなまなましいうちに、さらに九月二十一日の近畿地方大風水害が突発して、その損害は容易に評価のできないほど甚大なものであるように見える。国際的のいわゆる「非常時」は、少なくも現在においては・・・ 寺田寅彦 「天災と国防」
・・・私の調べたところでは、北陸道一帯にかけて昔も今も山くずれ地すべりの現象が特に著しい。これについては故神保博士その他の詳しい調査もあり、今でも時々新聞で報道される。地すべりの或るものでは地盤の運動は割合に緩徐で、すべっている地盤の・・・ 寺田寅彦 「化け物の進化」
・・・以前には、北陸の魚と女性の青光るエロティシズムを正面から描いた室生犀星氏が、最近の「蝶」で、父親という一応熱気をさましたような立場から少女たちの身のそよぎを充分官能をもって再現しているように。 室生氏の場合は、作者の好みが多分に働いてい・・・ 宮本百合子 「作品の主人公と心理の翳」
・・・えーと、何処でしたっけか、先、忠一さんが被行ったって云う温泉、彼処へ行って見ましょうよ、ね、若しよかったらお父様もお連れして「――出来たらね 泰子は、一年振りで、又北陸の田舎を見られる事を相当に楽しみにして居た。 けれども、三月・・・ 宮本百合子 「われらの家」
出典:青空文庫