・・・大和魂だけで器械を使ったのでは、第一器械もこわれるが、場合によっては自身の命も危ういのである。精密器械を作るのでも最後の仕上げは人間の感官によるほかはないような場合が多い。こういう点で、この細字書きのレコードは単に閑人の遊戯ばかりともいわれ・・・ 寺田寅彦 「記録狂時代」
・・・に「戦士の亡骸が運び込まれたのを見ても彼女は気絶もせず泣きもしなかったので、侍女たちは、これでは公主の命が危ういと言った、その時九十歳の老乳母が戦士の子を連れて来てそっと彼女のひざに抱きのせた、すると、夏の夕立のように涙が降って来た」という・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・加えぬと足らぬ、加えると危うい。思う人には逢わぬがましだろ」と羽団扇がまた動く。「しかし鉄片が磁石に逢うたら?」「はじめて逢うても会釈はなかろ」と拇指の穴を逆に撫でて澄ましている。「見た事も聞いた事もないに、これだなと認識するのが不思議・・・ 夏目漱石 「一夜」
・・・女の笑うときは危うい。「後れたるは掟ならぬ恋の掟なるべし」とアーサーも穏かに笑う。アーサーの笑にも特別の意味がある。 恋という字の耳に響くとき、ギニヴィアの胸は、錐に刺されし痛を受けて、すわやと躍り上る。耳の裏には颯と音がして熱き血・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・だからすべてこれらに存在の権利を与えないと吾身が危ういのであります。わが身が危うければどんな無理な事でもしなければなりません。そんな無法があるものかと力味でいる人は死ぬばかりであります。だから現今ぴんぴん生息している人間は皆不正直もので、律・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・今にも倒れそうな危うい歩きようである。 風聞が伝わった。「彼女病めり。」 彼女はこの時より一層高いある者を慕い初めた。烈しい情熱の酔いごこちよりも、もっと高い芸術がほしい。ただ人を悩乱せしめるばかりでなく、大きい人生に包まれたる力と・・・ 和辻哲郎 「エレオノラ・デュウゼ」
出典:青空文庫