・・・ Pirate という言葉は、著作物の剽窃者を指していうときにも使用されるようだが、それでもかまわないか、と私が言ったら、馬場は即座に、いよいよ面白いと答えた。Le Pirate, ――雑誌の名はまずきまった。マラルメやヴェルレ・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・そうしてまた彼の目に案内されて観客が見たいと思う方面が誤たず即座にスクリーンに出現するのである。 これと全く同一技法は終巻に近い酒場の場面でも使用されている。すなわち、一方にはある決心をしたアルベールと不安をかくしているポーラが踊ってい・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・これを即座に捕え仕留めるのはやはり一種の早わざである。人間の頭の働き方はやはり天然現象に似た非再起的なトランシェントな経過をとる場合が多い。数学のような論理的な連鎖を追究する場合ですらも、漠然とした予想の霧の中から正しい真を抽出するには、や・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
・・・に、ある高貴な姫君と身分の低い男との恋愛事件が暴露して男は即座に成敗され、姫には自害を勧めると、姫は断然その勧告をはねつけて一流の「不義論」を陳述したという話がある。その姫の言葉は「我命をおしむにはあらねども、身の上に不義はなし。人間と生を・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・自分などは、往来でけたたましい自動車の警笛を聞いても存外それが右だか左だかということさえわからないことがあるのに、あの小さな蚊は即座に音源の所在を精確に探知し、そうして即座に方向舵をあやつってねらいたがわずまっしぐらにそのほうへ飛来するので・・・ 寺田寅彦 「試験管」
・・・と声をかけると、唖々子は即座に口をきく事のできなかったほどうろたえた。横町か路地でもあったら背負った物を置き捨てに逃げ出したかも知れない。「君、引越しでもするのか。」 この声の誰であるかを聞きわけて、唖々子は初めて安心したらしく、砂・・・ 永井荷風 「梅雨晴」
・・・余は時を移さずその内の或物を読んだ。即座に手に入らなかったものは、機会を求めて得る度にこれを読んだ。どうしても眼に触れなかったものは、倫敦へ行ったとき買って読んだ。先生の書いてくれた紙片が、余の袂に落ちてから、約十年の後に余は始めて先生の挙・・・ 夏目漱石 「博士問題とマードック先生と余」
・・・けれども、即座に返事はしかねた。又、そこに困ることが起りはしないだろうか。 自分は、彼女が、私との関係を、美談的なものにしたく思う心持を、有難く又辛く感じた。「出来る丈のことはするわ、ね」 これが私の、嘘らない心からの返事であっ・・・ 宮本百合子 「二つの家を繋ぐ回想」
・・・恩をもって怨みに報いる寛大の心持ちに乏しい。即座に権兵衛をおし籠めさせた。それを聞いた弥五兵衛以下一族のものは門を閉じて上の御沙汰を待つことにして、夜陰に一同寄り合っては、ひそかに一族の前途のために評議を凝らした。 阿部一族は評議の末、・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・父が患者に対して愛嬌をふりまくとか、患者を心服せしめるためにホラを吹くとか、そういう類の外交術をやっている場面はかつて見たことがないが、病気と聞いて即座に飛び出して行かない場合もかつてなかったと思う。田舎のことであるから、こういう生活はかな・・・ 和辻哲郎 「蝸牛の角」
出典:青空文庫